第三十六章  市長自殺

「市長さん。さっきアーミーから電話があった時、どんな話になりましたか?
確か、例の石油メジャー連中のボスに話を通すということになっていませんでしたか?」
大男に囲まれた市長は、窒息しそうなぐらい息を激しくしながらボブに返事した。
「もちろん、すぐに連絡致しました」
「それじゃ、彼の返事は?」
「彼と申しますと?」
市長は、そのボスの名前を言ったら最後、命は無いことを知っていた。
「そりゃー、市長さんから名前を言う訳にはいかないでしょう。言ったら最後、おだぶつでしょうからね。だけど、ここで言わなくても、同じようにおだぶつなんですよ」
ボブの恫喝に怯えた市長は、後ずさりして何とか逃げ場を探そうとしたが、大男に囲まれては、どうにも出来ない。
とうとう諦めて、口を開こうとした矢先に、ボブの方からボスの名前を言った。
「デヴィッド・ストンハラーでしょう。彼とアーミーは不倶戴天の敵同士です。ロシアのキエフにいた二人はアメリカに一緒に亡命した仲でした。当時のニューアムステルダムに、やって来て、デヴィッドは対岸のニュージャージーに住み、アーミーは、アイルランド人たちと一緒に西へ向かい、オハイオのデイトンに落ち着いた。ちょうどゴールドラッシュの頃で当時の移植者たちは西へ西へと向かった。ところがデイトンでゴールドラッシュが終わっていたことを聞いた人たちはそのままデイトンに住みついた。彼等がその後、開拓して小麦、とうもろこし、大豆の栽培を始めた。アーミーもその内の一人で、最初は純粋な農業従事者だった。
そこへフィラデルフィアで石油が発見され、デヴィッドは一躍石油王になった。その資金を利用して穀物の買占めをやって、農家を傘下に治めていき、いわゆる穀物メジャーを構成していった。
その卑劣なやり方に義憤を感じたアーミーはデヴィッドと敵対関係になってしまった。
デヴィッド・ストンハラーのやり方は石油でも穀物でも同じで、生産することよりも、供給ルートを支配して、生産者のみならず消費者をも支配して大儲けする。労少なくして益多くする、実にずるいやり方だとアーミーは言っていた。
デヴィッドはこのアメリカという国を影で支配することを目論んでいる。ウッドローもデヴィッドの手先にしか過ぎない。市長あなたもウッドローほどの大物ではないが、デヴィッドの手先であることには変わりない。アーミーは、デヴィッドと対決するためヘキサゴン・ペトロリアムという石油会社を買収した。これからアーミーとデヴィッド・ストンハラーとの決着の戦いが始まるのです。僕はこの国を私物化しようとするストンハラーを許すわけにはいかないと言うアーミーの考えに共感した。だからストンハラーの手先はトミーといえども許せない」
トミーのことを聞いた市長は、「トミーはどうしたんだ?」とボブに訊ねた。
「さあ、彼等に聞いてください。彼等はアル・カポネのところの者たちです」
「アル・カポネ?彼は脱税でアルカトラス島に収容されているのではないのか?」
市長はカポネの名を聞いて震え出した。
「カポネも僕の親友の一人です。これからの対決に影で支えてくれています」
止めを刺すようにボブは市長に言った。
「万事休す」と思った市長は窓際に急に走り出して、そしてガラスを割って外に飛び出した。
救急車がサイレンを鳴らして、既に息を引き取った市長を病院へ運んで行った。
『病院へ運んでも仕方ないのに・・・』 
去って行く救急車を見ながら、ボブは呟いた。
「いいえ、わしらが手配をしたんで」
カポネが手配した大男たちの一人が、ボブに説明した。
「本当に自殺なんですが、わしらが現場にいると、殺人容疑がかかる恐れがあり、結局あんたに迷惑をかけることになると親分から言われていたんで、病院の連中にちょっと青酸カリを飲ませたんで」
「青酸カリを飲ませたということはどういうことだ?あれは猛毒だろう?」
大男たちは腹を抱えて笑った。
「いえ、青酸カリを飲ませると言うのは、金を掴ませることを言うんで」
安心したボブは、ふとトミーのことを思い出して訊いてみた。
「トミーはどうしたんだ。まさか・・・」
大男たちの一人が、ポケットから薬の瓶を取り出して、
「これを飲ませやした」
と言った。
「青酸カリかね?」
青い顔になって訊くボブに、笑いながら、「いえ、これはアンモニア水です」
マフィアと言うのは薬剤師でないと務まらないと思うほど、いろいろな薬を知っている。
「アンモニア水は何に使うんだね?」
瓶を持っていた男が、ポケットからハンカチを取り出して、アンモニア水を沁みこませ、そのハンカチをボブの口のところへ持っていった。
目から鼻にかけて針に刺されるような感じがして、ボブは顔を逸らした。
「何だ、これは!」
「へい、気を失わせるんで」
「それじゃ、トミーは生きているんだね?」
安心したボブは、まだアンモニアの匂いが残って目から涙が止まらないまま、庁舎の前に停めてあった彼らの車に乗ろうとしたら、待たせていたタクシーの「へい、合点で!」の運転手が、「お客さん、あっしはどうしたらいいんで?」
と叫んだ。
「この車の後をついて来てくれ!」
「へい、合点で!」と言って車に戻った。
大男たちの車に乗り込んだボブは言った。
「トミーのところへ連れて行ってくれたまえ」
「へい、合点で!おい!」
と言ってリーダー格の男が運転手に合図をした。
車は、またグランドアヴェニューに入り、ゴールデンゲート・ブリッジに向かい、そしてフィッシャマンズワーフに着いた。
ボブはすぐに察知した。
「アルカトラス島へ行くんだね」
大男たちは頷いた。