第三十四章  追跡

ボブは教会の外で、儀式が終わるのを待っていた。
トミーが出て来るのを待ち伏せしていたのだ。
『ここで声をかけるのがいいのか、それとももう少し後をつけるか・・・』
迷っていると、ざわざわと教会の中から大勢の人間が出て来た。
彼らの衣装は、ほとんど黒い服に、黒いマントと黒い小さな帽子を被り、頬から顎にかけて真っ黒な髭を伸ばしていて、顔は白かった。
『彼らがユダヤ人なのか?トミーとはまったく違う容姿だな』
衣装が他の者と違う男が、その中に混ざって出て来た。
『トミーだ!』
ボブは教会の斜め向かいにある家の影に隠れた。
『トミーが家に戻るなら、家に乗り込むだけだ』
様子を伺っていると、トミーは家と反対の方へ歩き出した。
ウィルシャーアヴェニューに出るつもりだ。
急いで後をついて行こうとしたが、他の連中も一緒だから、気づかれないように、少し距離を置いてついて行った。
ウィルシャーアヴェニューに出ると、トミーが他の者と別れの挨拶をしていて、タクシーを捜している様子だった。
ボブは急いで、ジェイコブスロードの方に戻って、そこからウィルシャーアヴェニューに出て、先にタクシーを拾った。
「運転手さん!ちょっとここで待っていてくれ」
タクシーの中に乗ったボブは、運転手に10ドル紙幣を先に渡して言った。
「へい、合点で(Yes, man!)誰かの後を追跡するんですね?」
「ああ、そうだ。ほら、あの男が乗ったタクシーを追い掛けるんだ!」
「へい、合点で(Yes, man!)。あのタクシーですね」
このタクシーの運転手の口癖のようだ。
「へい、合点で(Yes, man!)。タクシーからあの男が降りるところまで頼むよ」
運転手はボブの方を向いて、ニタッと笑って「Yes, man!」と言った。
「おい、おい、前を見て運転してくれよ!」
「へい、合点で!」
ボブは、両手を挙げて笑った。
トミーの乗ったタクシーは、マーケットアヴェニューから市庁のあるCIVICセンターに向かった。
スタッド・カミューと会ったマーク・ホプキンスホテルが傍にあるメーソン通りに市庁は面していた。
市庁の前で、トミーはタクシーを下りた。
タクシーは、マーク・ホプキンスホテルの横で停まり、ボブは運転手に、ここで待機しておくようにと言って、また10ドル紙幣を渡した。
「へい、合点で!」
運転手はウィンクをして笑った。
呆れた顔をしながらも好感の持てる運転手に、ボブもウィンクをして、「へい、合点で!」と言い返してカリフォルニア通りを走って渡り、市庁に向かった。
市庁の階段の下まで来ると、トミーは既に階段上の玄関ホールに入ろうとしていた。
その時、ボブは以前、海に面した丘陵地を買収しようとしたとき、市長が邪魔をしたという話を思い出した。
『そうだ、あの時、市長に会ったのはトミーだった』
ボブは、トミーを見逃すまいと必死に階段を上がって行ったが、途中で足を止めた。
『焦ることはない。トミーの行き先が市長のところであることは十中八・九間違いない』
ゆっくりと階段を上がって行きながらボブは戦術を考えていた。
玄関ホールの中央に案内デスクがあるのを見て、ボブは一計を案じた。
「すみません。市長さんにアポイントしていたトーマス・ブラウンの秘書です。ボスが忘れ物をしたので追って来たのですが、もう市長のところへ行ったでしょうか?」
ガードマンだと思っていた相手の男は拳銃を所持していたので、警察官だと分かったが、『もうこうなったら、いけるところまでいくだけだ』
ボブは居直って、その警察官に微笑ながら言うと、
「ああ、ブラウンさんは、さっき市長の三階の部屋に行ったよ。電話で連絡してやろうか?」
親切な警察官は疑いもせずに、電話の受話器を上げようとした。
「いや、いいです。三階の確か3・・号、ええと・・・」
ボブがとぼけて言うと、親切な警察官は、「301号室だよ」と教えてくれた。
階段を上がっていく振りをして、すぐに警察官のところへ戻って来た。
「すみません、電話をちょっと貸して頂けませんか。事務所に、忘れ物を無事届けたことを連絡したいので・・・」
まったくボブのことを信じている、その警察官は、電話をわざわざ、引っ張ってボブに手渡し、そしてデスクから離れていった。
『何と親切で、気配りの出来る警官だ・・・』
ボブは一瞬、良心を痛めたが、すぐに電話のダイヤルを回した。
「もしもし。ボブ・ベネディクトと言いますが、ドクター・カミューに繋いでください」
電話を取った相手も、ボブの名前を聞いただけで、すぐに察知して、「お待ちください。すぐに繋ぎますから」と返事をした。
暫くして、カミューの声が受話器から聞こえた。
「ボブかい。久しぶりだね。何か急用のようだと言ってたけど・・・」
ボブは事の仔細を手短に話した。
「ドクター、あなたから市長に電話をして頂きたいのです」
「ドクターなんてよしてくれよ、ボブ。アーミーと呼んでくれよ。君の言っていることは承知した。すぐにこちらから市長に電話をしてみよう」
「ありがとう、アーミー」
「何を言ってるんだ、こんなことはちょろいもんだ(Piece Of Cake)」
アル・カポネと同じことをスタッド・カミューが言っているのを聞いて、ボブは思わず笑ってしまったが、その目はこれから戦場に行く目だった。