第三十二章  ユダヤ人街

ボブを乗せたタクシーが停まった所はウィルシャーアヴェニューとモスリンストリートの交差点だった。
「お客さん。ここがウィルシャー58番地だから、66番地はもうすぐそこですぜ」
考えごとをしていたボブだったが、運転手の声で気がつき、「いくらだい?」と聞いて、ポケットから紙幣を一枚出して、運転手に渡した。
「お客さん。冗談はやめてくださいよ。こんな100ドル札出されて、つり銭なんかありませんよ」
「つりはいいよ」
ボブはそう言って、車のドアーを開けて降りようとした。
「ありがとうございます」
運転手は、びっくりしてわざわざ車を降りて頭を下げたが、もうボブの姿はなかった。
ウィルシャーアヴェニューを避けて、モスリンストリートを歩いて行くとウィルシャーアヴェニューと平行して走っているジェイコブスロードという名の通りにぶつかった。
角に教会があり、教会を左に見ながら、66番地の裏側をボブは探した。
1ブロック歩くと、ジェイコブス66番地の標識を見つけたボブは、『この隣が、ウィルシャーアヴェニューに面しているところだな』
独り言をいいながら辺りを見まわすと、立派なコンドミニアムがあった。
『ここがトミーの住んでいる所だ。スラム街にしては、豪華なコンドミニアムだ』
スラム街は、黒人やヒスパニックが住んでおり、街の雰囲気は大体分かっているつもりだったが、ここの雰囲気はまったく別のものだ。
『そうか、ここはユダヤ人居住区なんだ。あの運転手はスラム街なんて言っていたが、よほどユダヤ人嫌いなんだろう。そうするとさっきの教会はユダヤ教会なんだ。ちょっと変わった教会だと思ったはずだ。だが何故トミーがユダヤ人居住区に住んでいるんだ。彼がユダヤ人だなんて今まで聞いたことがない』
コンドミニアムの中に入って行ったボブはメールボックスを探し、トーマスと言う名を探した。
「あった。301号室だ」
トーマス・ブラウンと書いてある標識がメールボックスに書いてあった。
『トミーのラストネームはブラウンだったのか。確かブラウンというラストネームはドイツ系ユダヤ人に多い名前だ。そう言えば彼はドイツ系アメリカ人だと言っていたが、ひょっとしたらロシアからドイツに移住したのかも知れないな』
三階まで階段を上がって行ったボブは、今まで見たことのない光景を目のあたりにした。
廊下と階段の踊り場の処に、変わった形の電灯が架けてある。
『変わった形の電灯だな』
と思って眺めていると、ドアーが開く音がしたので、体を隠して廊下の方を、そっと見てみた。
『トミーだ!』
咄嗟にボブは階段を上がって四階への踊り場の処で身を潜めた。
廊下から階段まで歩いて来たトミーは、気づかずに階段を下りて行った。
一階まで下りたことを確認したボブも、そっと下りていった。
トミーは、ジェイコブスロードの方に出ていった。
『一体、どこに行くんだろう?』
ボブは尾行することにした。
一分もしないうちに、トミーは先ほどの教会に入って行った。
『やはり、トミーはユダヤ教徒なんだ。だが今頃なぜ教会に?』
ますます好奇心が広がっていくボブだった。