第三十一章  イタリア・マフィア対ユダヤ資本家

アメリカマフィアの元祖であるアル・カポネの時代は舞台がシカゴであった。
その理由は、ミシガン湖からの強い風にある。
シカゴの町は、冬になると猛烈な寒波と風で火事が頻繁におきる町で有名だった。
シカゴの目抜き通りであるミシガンアヴェニューに火災保険会社のビルが雨後のたけのこのように建ったのがカポネの時代であった。
そこで貧しいイタリア移民の中から、放火を商いにする人間たちが現れた。
イタリア・マフィアの誕生である。
古くなったビルのオーナーから依頼を受けた彼らは放火をする。ビルのオーナーは保険金を受けて新しいビルを建て直す。
こうしてシカゴ高層ビルが建っていったのである。
現代でも全米の大手保険会社はシカゴを本拠地にしている由縁である。
このようにしてイタリア・マフィアたちはシカゴから広がっていった。
その時、放火の依頼主であるビルのオーナーの殆どがポーランドから移住して来たユダヤ人であった。
イタリア人はマフィアに、ユダヤ人は事業家にシカゴから育っていき、その後共にニューヨークへと移って行った。
そのニューヨークを、プエルトリコ人を中心としたヒスパニックと黒人達が麻薬の巣窟として占拠するに至って、イタリア・マフィアは西海岸のラスベガスへ移り、ユダヤ人たちは資本家としてニューヨークに居残り、マフィアとなったユダヤ人たちはフロリダを拠点に西インド諸島、特に革命前までのキューバを根城に稼ぎまくった。
イタリア人にとってユダヤ人は特別な感情がある。
ローマ帝国時代に支配していた民族である。
しかし、彼らが知っているユダヤ人とはおよそ肌も体躯も違うアメリカのユダヤ人たちにイタリア人は嫌悪感を抱いた。
「あの禿げ鷹野郎」とカポネが言うのも、ローマ帝国時代のユダヤ人ではない奴らがユダヤ人と名乗っているからであった。
しかし時の流れはカポネの方に微笑みをかけてくれなかった。
「ボブ、マイヤー・ランスキーという名前を聞いたことがあるかい?」
カポネから急に訊かれたので、考える暇もなく、「いや、知らない」と答えてしまったボブは、帰りの船に乗っている時に、その名前を思い出した。
急に不安な気持ちに襲われたボブだったが、フィッシャマンズワーフに着いた時には、この不安感が蟲の知らせであったことなど予期できるわけもなく、すっかり忘れてしまっていた。
「フランクから連絡させるよ」
カポネの言われた通り、フランクからの連絡を待つことにしたボブは、トミーの家に向かった。
グランドアヴェニューをダウンタウンに向かってタクシーを走らせたボブは、運転手から訊かれた。
「お客さん。ウィルシャー66番地ってところはひどい所ですぜ、ご存知で?」
ボブは今までトミーの家に行ったことがなかった。
何かあれば、ボブの家にトミーが来るのが習慣のようになっていたから、トミーの家がどこにあるかも考えたことがなかった。
「それは、どういう意味だい?」
「フリスコにはスラム街が二ヶ所あるんで。普通は、どこの街でも中央駅の裏側がスラム街というのが、お決まりなんですが、この街にはもう一つあって、それが、お客さんが向かっておられる所ですぜ」
トミーの住んでいる所が、スラム街の中にあることなど予想もしていなかったから、急に不安になったボブは運転手に訊ねた。
「これから向かうスラム街というのは、どんな所かね?」
「ユダヤマフィアの街でさ。ここは恐ろしい所で、子供が毎日のように行方不明になる事件があることはご存知ですかい?」
「いや、知らない」
「お客さんは、サンフランシスコの方ではないんですか?」
「いや、ここの住人だよ」
運転手はあきれた顔をして喋りだした。
「あっしは、こんな商売柄、この町の出来事はすぐに耳に入って来るんですよ」
自慢気に喋る運転手に、「前口上はいいから、早く言いなよ」と言ってボブは、10ドル紙幣を一枚、運転手に渡した。
「ありがとうございます」
嬉しそうに頭を下げた運転手は話しの核心に入っていった。
10分ほど運転手の話を夢中で聞いていたボブの気持ちは、どこか遠いところにあって夢を見ているようだった。
「お客さん。着きましたぜ」
運転手の声で目が覚めたボブは、車を下りる勇気が出せず、じっと車の中にいた。
運転手もボブの気持ちを察してか、何も言わずにしばらく黙っていたが、我慢しきれなくなって、「お客さん、お降りにならないんですかい?」
それでもボブは黙って座っていた。
運転手は、お手上げだというポーズをしたが、ボブの視線はまったく別の所にあった。