第二十八章  影で操る存在

『何とか、この病院から抜け出さなければならない』
と思ったボブは、ジョンに訊ねた。
「僕を精神病に仕立て上げようと企んだのは、ジョン、君かい?」
「いや、僕は何も知らない。ただ呼ばれたから来ただけだ」
「一体、誰が君を呼んだのかなあ」と言いながら、アベルの方に視線を向けると、アベルは笑っている。
「一体何がおかしいんだ?」
ジョンがアベルに言った。
アベルはジョンの分身だから、やはり弱い。
「パパ。ボブ叔父さんは、僕だと思っているんだ。だけど僕じゃない!」
やはり親子だ。ジョンはアベルの言うことを信じた。
ボブもアベルの言うことに嘘はなさそうだと思った。
「まあ、いいじゃないか。いずれ分かるさ」
ボブの凄さは、こういったケースに冷静でいられることだ。
普通は、慌ててしまって自分を見失うのだが、ボブは冷静だ。
事業で修羅場を踏んできた経験が、こういう場合でも役に立っている。
「アベル。君が僕の代わりにこのベッドで寝るんだ」
ボブに言われたアベルは素直に聞いた。
服を着替えたボブは、ジョンを促して病院の外に出た。
「ジョン。君はここに車を運転して来たのかい?」
「うん、そうだ。あそこにあるトラックがそうだ。あれに乗って行こう」
助手席に座ったボブは、車のナンバープレートを頭に入れた。
横で運転するジョンの表情を見ながら、ボブはナンバープレートを思い出していた。
『憶えのあるナンバーだ。どうしてだろう?』
なかなか思い出せない。
ジョンの運転する車はフリーウェーに入ってモントレーと書いてある方へ向かった。
『ここは一体どこなんだろう』と思ったボブはジョンに訊いてみた。
「サリナスの家まで何分ぐらいかかるんだ?」
ジョンは驚いた様子で、「二時間近くかかるよ。ここはサリナスから遠いんだから」
ジョンの話を聞いたボブはふと思った。
「ひょっとしたら、ここはサンフランシスコの郊外じゃないのかい?」
「そうだよ。この車はトミーから借りたんだから」
ジョンの突然の話にボブはびっくりした。
「トミーは生きているんだな!」
「そうだよ、さっき言ったじゃないか」
「ジョンは何を言ってるんだろう!?」
運転するジョンの目を見ると空ろだ。
『どうやら、ジョンは催眠術にかかっているようだ。トミーはやはり生きているんだ』
確信したボブは、目をつぶって必死に考えた。
『なぜだろう?一体なぜ?』
ボブは再び、トミーに疑いを持った。
最初はカインにアベルに、そしてジョンを疑った。
自分の事業のパートナーであるトミーが、事業規模が巨大になっていくにつれて、パートナー関係から上下関係になってしまったことに不満を持っているのではと思っていたからだ。
しかし、精神病院で軟禁状態に置かれたことから、再びジョンに対する疑いを深めた。
ジョンは、ボブとキムとの関係に、嫉妬心から疑惑を持って、カインを憎み、アベルを使って復讐をしようとしたことは確かであった。
しかし今は、その裏で彼らを操っている者がいるような気がしてきたのだ。
「カインはどこにいるんだ?」
車を運転しているジョンはボブの突然の質問にドキッとした。
「トミーに預かってもらっていて、元気にしているよ」
キムと話をして、二人の関係の誤解を解くためにサリナスに向かっているのだが、ジョンはボブの話だけでほとんど誤解を解いたようだった。
双子はまさに以心伝心なのだ。
車の中で二人は今までのことを話した。
過去のことを話している時は、正常な状態に戻るジョンだったので、ボブから話しかけたのである。
「あの遊園地では、レタスの商売で損失を出して事業に苦労しているお父さんを何とか助けてあげたいとキムに相談したら、ただのぐれた少年だと思っていたキムが誤解をしていたと言ってくれて、観覧車の中でキスをしたよ。ただそれだけだ。君があまりにも清らかだから、キムが少し気分が重くなっていたのも原因だろう。だがキムはやはり君を愛していることを、僕は分かっていたよ。だから君が戦争から帰って来たときには自分からサリナスを去ったし、キムがフリスコにやって来たときも、嫉妬心でキムに復讐している君に堪えかねていたからだが、気持ちを取り直して、君への看護に努力すると言って帰って行ったんだ」
黙って運転をしているジョンの頬に涙がこぼれ落ちた。
「ところで話は変わるけど、君とカイン、アベルを尋ねて誰か知らない人間がやって来たことはないかい?」
ジョンの表情が急に変わって、涙を流していた表情から、悪魔の表情に戻った。
『ジョンを影で操る者がいる。催眠術をかける力を持っているようだが、自分のまわりで、そんな人間は知らない』
厄介な相手のようだと確信したボブの闘争本能に火が点いた。
『必ず、正体を暴いてやる!』
口を引き締めたボブは、遠くを見つめていた。