第二十六章  嫉妬と憎しみから生まれた分身

姿を現したジョンは、まさに亡霊そのものだった。
それこそルシファーにとり憑かれているみたいな雰囲気を漂わせている。
「どうして、僕が生きていることが分かったんだい、ボブ?それにしても、こうやって面と向かって話しするのは何年ぶりかね」
青白い顔つきで、だいぶん痩せたようだったが、ボブの前に立っているのは、まさしくジョンだ。
ジェイコブと同じ脳溢血で倒れて以来、ベッド生活だったはずのジョンが、今こうしてボブの目の前に立っている。
「多分、脳溢血は事実だろうが、その後回復していたのをキムには内緒にして、ベッド生活のポーズをとっていたんだろう。もともと自分の子供だと思っていないカインだから、少しずつ洗脳していったんだろう。だけどカインは、まぎれもなく君の子なんだ」
青白い顔つきのジョンの表情が怒りで真っ赤に変わっていった。
「カインは君との間でできた子だと、キムが僕に告白したんだ!」
叫ぶように言ったジョンはまるで傷ついた狼が吼えているようであった。
ボブも驚いた。
「何だって!キムがそんなことを言ったのかい。なぜなんだ!」
ボブには、キムがどうしてそんな嘘をつくのか理解出来なかった。
「そうだ。これでもキムとの間に何もなかったと言うのかい!」
ここで、いくら口論しても無駄だと思ったボブは、落ち着きを取り戻して、ジョンに言った。
「それじゃ、キムと話をしようじゃないか。そしたらすべてがはっきりするから」
そう言っても、俄かに信じるジョンでないことは分かっていたが、どうすることも出来ないと思ったボブは話題を変えた。
「トミーは、生きているんだろうね?」
黙っていたジョンが、にやにやしながら答えた。
「さああ、どうだろうか?知りたいかい?」
今度はボブの顔が真っ赤になって、今にもジョンに殴りかかる様子で言った。
「もし、トミーに何かあったら、ジョンといえども許さないぞ!
必ず後悔させてやる。もう一度訊く。トミーは生きているのか、死んだのか、どっちだ!」
ボブの迫力に圧倒されたジョンはたじろいだ。
その時、開いていたドアーからアベルが姿を現した。
その姿こそ、亡霊そのものだった。
ジョンがキムと結婚した当時は、入隊した時の心の傷は癒えていると、ジョン自身も思っていた。
そしてカインが産まれた時は、ジョンも幸福の絶頂であった。
ボブとサクラメントで一緒に事業を始めたトミーが、その時サリナスの町に帰って来て、ジョンの家を訪問した。
トミーは、産まれたてのカインの顔を見るなり、ボブの面影があると言ったのだ。
キムは、トミーの無神経な発言に苛立ったが、ジョンが黙っていたので、ほっとしていた。
しかし、その時からボブとキムに対する疑惑がジョンの心を占めるようになり、それが日々強くなっていたことにキムも気づかなかった。
それから二年後にアベルが産まれたが、ジョンの心にはどす黒い復讐の念でアベルをキムに産ませたという想いがあったのだ。
カインがアベルをいじめたのも、ジョンの気持ちがカインに伝わり、カインはジョンを自分の父だと思えず、アベルばかりを可愛がる反動が原因だった。
そして、ジョンが脳溢血で倒れた。
実は軽い脳卒中で一ヶ月もすれば完全に元の体に戻ると医者から言われたジョンだったが、医者に頼んで、嘘の診断をしてもらい、それ以来ベッド生活を続けていたのだ。
そこへ、キムがボブに会いにサンフランシスコまで行ったのを知ったジョンは、
『やはり、カインはボブの子だったんだ!』と思い込むようになり、復讐の鬼と化していったのだ。
親の愛情を知らずに育った子供は、残忍な性格になる。
野生の獣がその典型で、父親は母親と交尾をして子供が産まれるまで一緒に生活をするが、子供が産まれるとどこかへ去ってしまう。だから野生の獣は父親の愛情を知らないで育つ。
ましてや、交尾をする時に母親となる雌に憎しみと復讐心で持って自分の種を植え付けられて産まれた子供は、その強烈な想いを引き継ぐことになる。
アベルは、ジョンの復讐心を引き継いで産まれてきた子供なのだ。
キムもジョンがアベルという名前にすると言った時に嫌な予感はしていたが、まさか、こんなどろどろした復讐心があるとは思っていなかった。
ボブは、アベルの顔を見た時、既に異常な性格を感じとっていた。
「パパ。何を怖がっているの?ボブ叔父さんが憎いでしょう。ここで復讐をしなくちゃ!」
アベルがジョンを唆している様子だった。
ボブの強い態度に、ジョンは躊躇していたが、アベルの言葉で元気を取り戻した。
『本当の敵はジョンではなくアベルなんだ。ルシファーが憑いているのはアベルの方なんだ!』
確信したボブは一所懸命対処法を考えてみた。
『この子は生まれた時から悪魔だったのだ。ジョンが感情移入したことが原因だったのだろうが、どうすればいいのだろう!』
事業では迷わずに決断していくボブでも、二の足を踏む想いだった。