第二十四章  正夢

サリナス病院の精神科からアドンド精神病院に移されたボブの状態はまったく正常であった。
しかし、精神科医の判断で精神科の専門病院に強制移動された理由をいくらボブが質問しても医者は、ノーコメントだった。
一週間、二週間・・・そして一ヶ月が経過したが、ボブはまったく正常で、精神の錯乱など一度も起こらなかった。
『これは、何かおかしい。水面下で何かが起こっている。いや行われている。一体誰が?』
袋小路に陥った状態の一ヶ月だったが、徐々にいつもの冷静さを取り戻してきたボブは、病院の中でも監視の目を感じるようになっていた。
最初は、自分の精神が被害妄想になっていて過剰反応していると思っていたが、実は周囲がおかしいと思い、まわりの人達の様子を観察してみると、明らかに彼らの対応は不自然であることが判ったのだ。
『何とか、ここから抜け出す手立てを考えなければ、本当に精神分裂症にされてしまう』
そう思った日から、ボブは部屋でおとなしくしながら、逃亡する策を練っていた。
ある日、キムが面会にやって来た。
「ボブ、元気?」
キムは本当に心配してくれていた。問題はカインだ。
「カインはどうしてる?」
ボブが訊くと、キムは表情を曇らせながら言った。
「あれからカインは消えてしまったの」
「何だって、もう一ヶ月も経っているのに消えたままなのかい?」
キムは黙って頷いた。
「警察に失踪届けを出したのかい?」
キムは首を横に振った。
「どうして警察に、そのことを言わないんだ?」
いらいらした表情でボブはキムを怒鳴るように言った。
「だって、カインもわたしの子供だから、そう簡単に警察に届けるわけにはいかないわ」
疑いの念を持っていても、やはり自分の子供だ。カインを庇っているのがありありと窺える。
「キム、まだカインのことを自分の子供だと思っているのかい?もしそうなら、これからいろいろな悲劇が起こることになっても、君の責任にもなりかねないよ」
かなり厳しい口調でボブはキムに詰問した。
それでもキムは、「カインに限って絶対にそんなことはないわ」と擁護するばかりだった。
『自分のお腹を痛めて産んだ子は、やはり信じたいんだね』
ボブは敢えて独り言を言った。
ボブの手厳しい反応に我慢し切れず、キムは「わわあああ」と泣き出してしまった。
そんなキムを無視できないボブだった。
キムが病院を出た後、ボブはベッドの上でずっと考えていた。
『このからくりは一体何だろう、誰が何の目的でやっているんだろう』
ボブにはオカルト趣味はまったく無かった。
それだけに、却って不気味でもあった。
その夜、夜勤の看護婦さんに頼んでフリスコにいるトミーに電話をしてみた。
「元気かい、ボブ」
トミーがいつもの調子で喋っている。
『別にトミーに怪しい点はないようだ』
ボブは、疑心暗鬼になっている自分に異常さを感じた。
『やはり、いくら強がっても、結局怯えているんだ。人間なんていざとなれば本性があらわれる。自分では気丈だと思っていたが、何だ、この怯え方は、情けなくなる』
内心思いながら、トミーに事情を説明した。
電話の向こうは沈黙しかなかった。
「トミー、聞いているのか?」
「ああ、聞いているよ」
答えたトミーの声が急に暗くなっていたのをボブは感じたが、それには触れなかった。
「サリナスへ来てくれないか?」
完全に弱気になっている自分をその言葉で確信した。
「もちろんだ。明日朝の汽車に乗っていくよ」
「キムに頼んで迎えに行ってもらうよ」
ボブが何気なく言ったのに、
「いや、いいよ。迎えは要らない」と強い口調で言うトミーに、また疑心暗鬼になるボブだった。
『まあ、明日になれば何かが出てくるはずだ』
トミーと話をして、少し落ち着いたボブは冷静な思考回路に戻りつつあった。
眠気を催したボブは、受話器を持ったままで眠ってしまった。

"アベル、ジョンそしてジェイコブは わたしの憎悪を掻き立てる

ロバート お前は わたしに憐れみを感じている

だがその憐れみは わたしに対する愛の表れである

だから わたしは お前のところにやって来た

これから わたしは お前のそばでは ダミアンになる

カインは 家での名前 ダミアンはお前の体の中での名前

そしてルシファーが天と地を貫く世界でのわたしの名前

ロバートよ さあ今からわたしは ダミアンとしてお前の中に入る"

またもや夢の中で同じ声が聞こえる。
しかし今度は夢だとはボブは思わなかった。
「・・・・お前は・・・だろう!カイン出てこい。その姿を見せてみろ!」