第二十三章  悪夢

カインは アベルのハートを傷つけた

アベルは いつもカインのエンジェル

アベルは カインのハートを恍惚にした

カインは いつもアベルのサターン

エンジェルとサターンが 絡み合うとき

エンジェルハート と サターンハートが飛び出して

神の世界に 引き込まれる

神の世界は エンジェルとサターンの住まい

共に 神の世界に入る

ジョンの死んだ夜、ボブはロイヤルホテルで一晩中眠れなかった。
その夜ずっと、部屋のどこかから、エンジェルとサターンの叫ぶ声が続き、眠れなかったのだ。
「ジョン!ジョン!」
思わずボブは、ジョンの魂を呼び寄せたい想いに駆られた。
その時、部屋のドアーのノックがして、ドアーの覗き穴から見ると、そこにカインが立っていた。

ボブは ジョン! ジョン!・・・ジョンと七回叫ぶ

カインは閉まったままのドアーを抜けて入って来る

そのとき 部屋に 猛烈な風が通り抜けていった

そして 強烈なニンニクの匂いが部屋中に充満した

"アベル、ジョンそしてジェイコブは わたしの憎悪を掻き立てる

ロバート お前は わたしに憐れみを感じている

だがその憐れみは わたしに対する愛の表れである

だから わたしは お前のところにやって来た

これから わたしは お前のそばでは ダミアンになる

カインは 家での名前 ダミアンはお前の体の中での名前

そしてルシファーが天と地を貫く世界でのわたしの名前

ロバートよ さあ今からわたしは ダミアンとしてお前の中に入る"

ボブは意識を失っていた。
そして、朦朧とした暗闇の世界の中で、橙色の果実を食べている夢を見ていたのを憶えていた。
今までのボブとはまったく違う様相を呈して、まるで蝋人形のような表情で部屋の中をあてもなく歩きまわる。
誰かが部屋の中にボブを見たら、まったく気がふれているとしか思えないだろう。
『ジョンが死んだんだ!』
思い出したボブは急に涙が溢れ出た。
双子の兄弟の一方に異変が起きると他方はどこにいても何かを感じる。
『ジョンが死んだんだ!』
そう思った途端、ボブの体がばらばらになっていく感じがして再びボブは意識を失った。
「ロバート、ロバート 聞こえるか、ダミアンだ。わたしはお前の体の中の憎しみを全て引き受けたのだ。これから憎しみを地上世界の人々にぶつけるのだ。
よいか、分かったか?」
ボブは完全に変身してしまった。

ロバート、ロバート、・・・、ロバート

眠ってはならない わたしは エンジェルハート

お前が眠れば 明日から お前は ルシファーの使い・ダミアンになる

この世界は 三千世界 三千の魑魅魍魎が跳梁跋扈する

その三千世界を 天使が天から眺めている

どの人間が魑魅か どの人間が魍魎か

お前は ほんとうはエンジェルハートを持った天使の使い

眠ってはならぬ 眠ってはならぬ

眠りは 人間を 魑魅魍魎にする

人間は 眠らなくても生きて行ける

だがルシファーが人間を眠りの世界に引きずり込んだ

意識を完全に眠りの世界に引きずり込んだ

人間は肉体が覚めているとき 眠っていないと錯覚している

それは ルシファーの使いダミアンが中にいるからだ

お前だけは ダミアンを中に入れてはならぬ

眠るでない 醒めよ 眠るでない 醒めよ 眠るでない 醒めよ

明日の朝 太陽がその陽が差し始めるまで 眠るでない

戦え ロバート 眠るでない 醒めよ

その夜、ボブは起きているような、眠っているような、どちらとも言えないような状態が朝まで続いた。

ロバート、ロバート、・・・、ロバート

眠ってはならない わたしは エンジェルハート

この囁きを聞いている瞬間(とき)の気分は、何とも表現できないような快感であった。
しかし一方で ルシファーの使いだと言ってダミアンという悪魔も出てくる。
ダミアンは少年の悪魔だ。
カインがもともとダミアンなのか、それともダミアンがカインに憑依したのか、ボブには判断出来なかった。
何かに追われているようで、追いかけているようでもある、まさに悪夢だった。
一晩中、夢の中を彷徨(さまよ)う中で、ボブは一人の男性と出会った。
彼は、遠くからボブを呼んでいる。
何を言っているのか分からないが、「こちらへおいで」とボブを招いているようだ。
その笑い顔が、至福の気持ちにさせてくれる。
一所懸命その男性のところへ行こうとするボブだが足が動かない。
長い時間が経過した感覚だったが、やっとの思いで、呼び寄せる男性のそばまで辿り着いた途端、ボブの前から消えてしまった。
「ボブ、わたしよ、キムよ」
という声でボブは長い夢から目が醒めた。
「ここは、どこなんだ?」
ジョンが死んだ日、ホテルに戻ったボブは、カインのドアーのノックで意識が無くなった。
それからの出来事はまったくではないが、何か桃源境にいるようで、地獄にいるような不思議な記憶だけが残っているだけで、それ以外は憶えていない。
「サリナス病院よ」
キムが真っ青な顔をしてボブの顔を覗き込んでいた。
「なぜ、ぼくが病院にいるんだ?」
「カインがホテルの部屋で倒れているあなたを発見したのよ」
キムも何故カインがという疑念を持っていたが、今はボブの容態の方が先決だった。
「僕は、どこか悪いのかい?」
キムは躊躇していた。
「はっきり言ってくれ、キム」
決心した表情でキムは喋りだした。
「あなたは重度の精神分裂症で、今は落ち着いているけど、また錯乱状態に必ずなるって先生はおっしゃっているの」
「何だって、僕が精神分裂症?そんなバカな」
ボブはそう言いながらも悪夢のことを少しずつ思い出すにつれて、
「ひょっとしたら、あれは夢ではなかったのかも」
と思うのだった。