第二十一章  帰郷

サリナスの町は、ボブが20才の時に出て行った時のままで、何も変わっていなかった。
トミーから、いろいろと情報は入っていたから、ジョンの容態やキムの献身的な世話のことをボブは知っていた。
サリナスの町に来たからには、まずジョンとキムが住む自分の生家に行くことが当然だとボブは思っていたが、不安と期待が交錯していた。
サリナスの駅を降りたボブは、いろいろな事件の中心場所であった駅にしばらく立って、忘却の彼方に行ってしまった思い出を無理やり引き戻していた。
心の傷も、時間という薬が癒してくれる。
思い出せば疼くはずの傷も敢えて呼び戻すことが出来るだけの大人になっていた。
しかし、時間の経過を否応なしに思い知らされたのは、カインとアベルの二人の子たちであった。
ドアーをノックすると、母親エバのことを知ってショックを受け、軍隊に志願してサリナス駅で父親のジェイコブを愚弄したジョンとまるで生写しな青年が出て来た時には、さすがボブも吃驚仰天した。
「カインかい?」
と聞くと、その子は不敵な笑いを浮かべながら答えた。
「そうです。ボブ叔父さんですね」
「良く分かったね」とボブが答えると、
「だって、叔父さん、アベルとそっくりだもの」
この言葉にまたまた驚かされるボブだった。
そこへ、キムが出て来た。
「まあ、ボブ。お帰りなさい」
と言ってボブに接吻した母親のキムに、カインがした不敵な笑いをボブは一生忘れることが出来なくなるのだった。
「ジョンは元気かい?」
ドアーの前で話をするボブが、家に入る気がないことを察知したキムは、敢えて中に誘う言葉を出さずボブの言ったことに答えた。
「ええ、元気だけど、ベッドからは離れることができないままなの」
と言いながら奥の方に目をやった。
「ボブ叔父さん。父に会っても仕方ないよ、死んだ人間同様だもの」
自分の父親のことを死んだ人間同様、と言ったカインにキムは叱ることもせずに苦笑していた。
『家庭は、あまりうまくいっていないのだ!』
内心察したボブだった。
「また、来るよ。しばらくサリナスに滞在するから」
自分の生まれた家に入ろうともしないボブに、カインは奇妙に思ったが、彼は何も言わなかった。
「どこのホテルに泊まるの?」
「マーケット通りのロイヤルホテルをトミーが予約してくれているよ。それよりアベルはどうしたの?」
キムは一番聞かれたくないことを、遂に聞かれたと覚悟したが、なかなか言葉に出て来ない。
カインが代わりに答えた。
「アベルは、少年院にいるよ」
カインは平然と言った。
「何だって!キム、カインの言ったことは本当なのかい?」
キムは下を向いたまま黙っていた。
「チェンをバットで殴り殺したんだよ!すごいだろう」
我慢し切れずにキムがカインを叱った。
「弟のことを、そんな風に言うものじゃないでしょう、カイン。もう奥に入ってなさい」
それでもカインは不敵な笑いをして、その場所を離れようとはしなかった。
『カインは自分の母親のことを何とも思っていない、この件には、何か深い理由(わけ)がありそうだ』
ボブは悟った。
「ジョンは起きているかい?それならちょっと挨拶でもするよ。死んだも同然の状態でも兄だからね。わかるかい、カイン」
今度はボブが桁の違う戦慄するような不敵な笑いをカインに向けた。
さすがにカインもボブの迫力に圧倒されて下を向いてしまった。
「さあ、中に入って!」
キムが案内する後をついて、懐かしいリビングルームを通り過ぎ、父のジェイコブの部屋だったところへ入って行った。
『ジェイコブが倒れた時、毎日ここに座って看病していたんだなあ。今、同じベッドにジョンがいる・・・』
一瞬、時間が逆戻りした錯覚に陥ったボブだったが、ベッドに横たわるジョンの顔を見て、正気に戻った。
「やあ、ジョン。元気かい?」
ボブの方から声をかけたが、ジョンは口を利けず、頷くだけだった。
ジョンの額に口をつけて、ボブが何か囁いた瞬間、ジョンの表情が急変した。
「どうしたんだ、ジョン?」
ボブは驚いて叫んだが、口を利けないジョンはただ呻くだけだった。
その様子を見ていたキムとカインは、黙っていた。
「ジョンは何かを僕に言いたいんだ。キム!これは一体どういうことだい?」
強い口調でキムに問い詰めるボブだった。
キムが必死に我慢をしている。
数分の沈黙が続いた。
そして、腹を括った様子で、キムが喋りかけた時、カインが叫んだ。
「お父さんの様子がおかしいよ!」
キムもボブも、カインの言葉で動転して、今までの会話はストップしてしまった。
確かに、ジョンが口から泡をふいて、呻いていた。
何か毒物で苦しんでいる感じだった。
ボブは鳥肌が立っている自分にまだ気づく暇がないほどの一瞬の出来事だった。