第二十章  自由主義国家アメリカ

カミューはカポネの資金援助で、カリフォルニア、テキサス、オクラホマ、カンサスで油田発掘投資会社を設立し、多くの投資家から集めた資金で油田発掘のベンチャービジネスを開始した。
アメリカの油田は、地質学者の調査では、推定埋蔵量の一パーセントも発掘されていないらしい。
石油メジャーがアラビア半島に大油田を発掘してから、アメリカ国内の油田を温存するために、敢えて発掘しない戦略を政府と協議して決めたらしいのだ。
しかし、カミューが始めたビジネスを政府が止めることは出来なかった。
アメリカ政府と石油メジャーは、発掘事業には莫大な資金が要るために、誰も手を出せないと高を括っていたのだ。
そこへ、一般投資家を募って掘削から始める会社をベンチャーでつくるなんて想像もしていなかったのだ。
石油発掘のベンチャービジネスは、ゴールドラッシュと同じぐらいのブームになって、一挙に全米の油田が発掘された。
しかし、いくら発掘して石油を汲み上げても、ベンチャービジネスだから販売網を持っていない。
そこで、カミューの持っているヘキサゴン社が卸売りを引き受けることになった。
ヘキサゴン社は石油メジャーやセブンシスターズと渡り合える供給源と販売ネットワークを全米中に張り巡らせることが出来たのだ。
今やセブンシスターズを向こうに回して、競争の出来る大石油会社を作り上げたカミューは、ボブに本業である穀物事業のすべての利権を譲った。
今まで、穀物メジャーの隙間を縫ってカリフォルニアの一部農家の作物を、自分のスーマートで小売していたボブは、一気にカミューの息のかかった全米の農家から穀物を供給して貰えるようになり、その販売網も手に入れた。
しかし、ボブは従来の販売網経由で消費者に売る方法を採らなかった。
あくまで、マスマーチャンダイズ経由の消費者直売方式にこだわった。
そしてカミューの持っていた販売網は、ヘキサゴン社の供給を受けるガス・ステーションに変わっていった。
ボブとカミューの共同での石油と穀物の事業は巨大なメジャーが存在しながらも、彼らの独占を許さず、アメリカの自由競争市場を守り通したのだ。
二人の行った事業は、後々のアメリカが世界で最もフェアーな自由競争市場であると誇りを持てる国にしたのだ。
後年、ソ連を中心とした社会主義政策による経済との戦いに打ち勝つことが出来たのは、このアメリカのフェアーな自由競争精神に依るものであった。
そして、その功績はボブとカミューに依ることは誰も知らない。
農民との取引が急増したスーマートは、シカゴ店、サンフランシスコ店に引き続き遂にニューヨークにも進出した。
農作物の小売が本業だが、マスマーチャンダイズの特徴はあらゆる商品を出来るだけ安く店頭に並べ、消費者に喜んでもらうことだ。
スーマートがある町の人々の生活スタイルがみるみるうちに変化していった。
従来の地場に根づいた小売店から生活用品を買っていた消費者は、商品の選択をすることが出来ない。いわゆる供給者優先のスタイルだった。
ところが、マスマーチャンダイズの出現で、需要者が求めている物を供給する消費者優先の市場に変化したことは革命的であったと言ってよい。
アメリカ経済が世界で群を抜く力を持った最大の理由は、消費者優先の市場を創出したことであろう。
中世から産業革命によって近代社会に入っていったヨーロッパ先進諸国でも、消費者の立場に立ったものの考え方はなかった。
消費者である一般大衆は、生産されたものをただ与えられるだけであった。
市場は、需要と供給のバランスで成立するという概念はまったくなかったのである。
市場という概念すら無かったと言っていいだろう。
イギリスのジョン・メイナード・ケインズが画期的な経済理論を大恐慌の中で発表したが、それよりも前にアメリカでは市場経済が既にボブのマスマーチャンダイズの出現で成されていた。
近代社会はヨーロッパで17世紀には成立していたが、近世は19世紀から起こったと言えるだろう。そしてその推進力になったのは、資本主義であり、理論としての資本主義思想はイギリスで生まれたが、実践されたのは19世紀のアメリカからであった。
そもそも市場経済を構築するには、ヨーロッパ諸国、特にイギリスやオランダなど国土の小さな国では無理な理論であった。
そして国外に市場を求めて、これらの国々が帝国覇権主義へと変貌し、19世紀から20世紀の世界的規模の戦争が勃発し、人類の悲劇を生んだ世紀になって行くのである。
一方、アメリカは市場を形成する充分な国土を持っていた。供給のみならず、需要を創出する潜在力があった。
アメリカという国が保護主義を取れるのも、自給自足出来る市場を持っていたからだと言える。
しかし、そのアメリカでさえ、大恐慌が起こるまでは供給者優先の経済であった。
ボブが始めたマスマーチャンダイズによる消費者優先の取引は一般大衆の生活を画期的に豊かにした。
各地からスーマートの要望が起こった。
ボブの故郷サリナスは小さな農業の町だったが、やはり自分の生まれ育った町は特別だ。
彼はスーマートをサリナスの町につくろうと考え、15年ぶりにサリナスの町を訪れた。