第十九章  ナショナル石油解体

カミューがヘキサゴン・ペトロリアム社を買収した狙いは、ナショナル石油社の横暴を、独禁法を使って法的に解体させ、その力を削ぎ落とすことにあったのだ。
その為には、同業の弱小企業と消費者が手を組んで、お上に訴えるしかない。
アメリカという国は、すべてに開放的な面が、その良さだ。
しかし、どんなことでも両面性を持っているのが世の中の真理だ。
すべてに開放的に見えるアメリカであればあるほど、すべてに閉鎖的な面が必ずあるものだ。
自由の名の下に、自由競争をスローガンにしているのがアメリカだとすると、水面下では、自由競争に打ち勝った者が、その権益を守るために不当な競争システムを構築しようとしているのもアメリカだ。
ナショナル石油は、その典型であった。
アメリカ政府も、自由競争を標榜し、独禁法を制定した以上、それを守らせなければならない。
ナショナル石油が、いくら巨大な力で政府に圧力を加えても、大儀を公に破ることは出来ない。
カミューの凄さは、こういった妙手をタイミング良く打てる頭のシャープさであり、ボブも舌を巻いた。
遂に、アメリカ政府は、ナショナル石油社の解体命令を出した。
本社は、ナショナル石油・ニュージャージー社となった。
他に、ナショナル石油・オハイオ、カリフォルニア、テキサス、などに解体され、ストンハラー家の二本柱である、金融と石油の一角が崩されたのだ。
そして、ヨーロッパの石油産業を牛耳っていた、イギリスのシェル石油と、オランダの植民地であったインドネシアの石油の権利を握るロイヤルダッチ社とが1903年に合併したロイヤルダッチシェル社及び、ブリティッシュ・ペトロリアムと合わせて、石油メジャー、いわゆるセブンシスターズが誕生した。
カミューの持つ、ヘキサゴン社も九位に位置する大手石油会社となって、やっと一人前の石油事業が出来るようになった。
カミューの名声は、ますます全米中に轟く勢いだった。
しかし、その水面下では、ボブの応援があったことを、カミュー自身が一番良く知っていた。
「ミスター・ベネディクトのお陰で、石油メジャーの力を削ぐことが出来たよ。これで、彼らはしばらく、穀物メジャーに目を向ける余裕がなくなった。これからは、君の出番だよ」
カミューがボブに言うと、
「ボブと言って下さい。それから、僕自身の力なんて、とんでもない。ただ僕は、アメリカの農家が健全な農業をして欲しいと思っているだけです」
「わたしも、石油事業は、あまり好きではありません。農業がやはり一番大事だし、人間生活にも欠かせない仕事です。これから、わたしは中国に行って、古代の農業の勉強をするつもりです」
カミューは希望に満ちた顔で、ボブに言った。
『大きな夢を持つ人間は、いつも遠くを見つめているんだなあ!』
とボブは思うのだった。
カミューの政治力は、恐るべきパワーである。
あのストンハラー家を相手に、彼らの牙城であるナショナル石油を解体させてしまったのだ。
彼らのもう一つの牙城である、ベクテル銀行も大恐慌の煽りを受けて息も絶え絶えで、さすがのストンハラー家もここまでかと囁かれた。
ストンハラー家の当主、デビッド・ストンハラーは、同じロシア系移民のカミューを敵視して、金融面での圧力をかけてきた。
カミューが経営する企業への融資をしないよう緘口令を敷いたのだ。
カミューは金融に関しては素人だ。というより金融と言っても所詮、高利貸しが聖書における金融の始まりであり、聖書の中で、税金の徴収人と高利貸しが一番、大衆から忌み嫌われる職業であることから、カミューは金に関わる仕事に一切手を出さなかったと言った方がいいだろう。
今まで、彼の事業はすべて自己資金で為されていたが、さすがに石油事業は莫大な資金が要る。
そして、政治家とのパイプを利用して受けていたバンクオブアメリカからの融資を一方的にストップされたのだ。
そこで、ボブの提案で、アメリカ国内に埋蔵する油田の発掘事業を、一般アメリカ人から投資してもらうオイルユニットビジネス(OUB)プロジェクトを開始した。
しかし、大恐慌の最中に一般大衆からの投資資金を得ることは困難を極めた。
ボブは、カポネに会う決断をした。
カポネはアルカトラス島刑務所に収容されているが、依然その影響力は劣えていなかった。
サンフランシスコのフィッシャマンズワーフからフェリーに乗って、アルカトラス島にボブは行った。
物々しい警備の中、ボブは面談室に通されると思っていたら、ホテルよりも設備がいいカポネの部屋に通された。
「やあ、ボブ。よく来てくれた」
カポネは嬉しそうにボブの体を抱き抱えた。
「ここは、盗聴されているから、ヤバイ話しはしないように気をつけるんだ」
とカポネは耳元で囁いた。
「OK!だけど聞かれても何も問題はないよ。実は・・・・・」
ボブはカミューの事、石油事業のこと、穀物メジャーのことをカポネに話した。
「あまり、難しいことは良くわからねえが、要は金が必要なんだろう、そのカミューっていう男の石油事業に」
「まあそういうことだよ、アル。だけどこれは純然たるビジネスへの投資だよ」
ボブは盗聴されていることを意識して余計大きな声で言った。
「OK!俺が投資してやろう。詳しくはフランクと相談してくれ。フランクには、ボブの言う通りにするように指示しておくよ。それより、ボブ。カミューっていう男に負けないくらいの大きな男になってくれよ。俺はお前に期待しているんだ」
本当に、自分の子供のように可愛がってくれるカポネに、ボブも好意を以って接していた。
「じゃあ、また来るから。アル」
と言うボブに、カポネは強い口調で言った。
「こんな腐ったところに二度と来るもんじゃねえよ。ボブ、元気でな」
二人は別れを惜しんだ。
それが今生の別れになるとは、二人は思ってもいなかった。