第十二章  アメリカの申し子たち

サクラメントにしばらく落ち着いていたボブは、スーマートの二号店をサンフランシスコに出すことを決め、土地の物色をしていた。
ゴールドラッシュの元祖のような町で、当時から中国の移民がこの町に大量に入っていた。
中国人が入植すると、その場所が町の中心地になり、そこからダウンタウンが形成されていくのがアメリカの都市づくりのパターンだ。
しかし、中国人街のそばにスーパーマーケットを出しても絶対に成功しないことをシカゴで経験したボブは、サンフランシスコの特徴である山と海が隣接していることに目をつけ、住宅地として未開発の海辺の丘陵地を物色していた。「将来、ここがメインの住宅地になるだろう。だからこの周辺に30エーカーの土地を物色して欲しい」
ボブはトミーに頼んだ。
「あの辺りは丘陵地だから、30エーカーもの平地なんて無理だよ」
呆れ顔で言うトミーだが、ボブが一度言いだすと絶対に引き下がらないことを知っていたから内心では観念していた。
「平地でなくてもいいんだ」
またボブの訳のわからない話が始まった。
「平地でないところに、どうやって大きな店舗をつくるんだ?」
トミーは半ばやけくそ気味に言った。
「丘陵地を開発するんだ」
開発という言葉が無かった時代に、ボブは新語をつくったのだ。
「開発ってどういうことだ?」
トミーは居直って訊いてみた。
「木を伐採して、平地に造成するのさ」
まだこの時代では、住宅地は市街地にあるのが常識であった。
人間が集まるところは平野地すなわち平地であるのが歴史上の常識で、世界のすべての文明発祥地は大河の三角州でできた平野だ。
ニューヨークなどはその典型で、ハドソン川の中州がマンハッタンになっていったのである。
ところがサンフランシスコは入り組んだ湾で、本来こういった地理的環境では大きな都市はできないのだが、ゴールドラッシュが人を集めてしまった。
入り組んだ湾に山が食い込むように迫っているから平地は極めて少ない。
『ここを大都市にするには、丘陵地をいかに利用するかにかかっている』
ボブは最初からそう思っていた。
『スーマートを開店する前に、住宅開発から始めよう』
海に迫った丘陵地を買占めに入ったボブはシカゴのフランクに電話をした。
「やあ、フランク元気にやっているかい?」
「ボブかい?今どこだ?」
「サンフランシスコだ」
「まさか、アルカトラスに行くと言うんじゃないだろうな」
フランクは心配そうな声を出して言った。
「まあ、そんなとこだよ」
ボブがふざけて言うと、「だめだ、それは。アルから俺はこっぴどい目にあわされるよ。頼むから止めてくれ」
「それなら、フランクひとつ頼みがあるんだ。アルに連絡して相談してくれないか?」
ボブは自分の考えていることをフランクに説明した。
「ボブ。あんたは本当に金儲けの天才だ。わかった、アルと相談してまた連絡する」
ボブの新しい事業が始まった。
海沿いにある丘陵地の土地は、サンフランシスコ市の所有だったのを知って、ボブはカポネに市長の紹介を頼んだのだ。
「おかしな話だな。アルは刑務所に入っている。しかも凶悪犯を収容するアルカトラスにだよ。そのアルが市長にコネが今でも効くというんだから、この国はどうかしているんじゃないか」
トミーが吐き捨てるようにボブに言った。
「僕は増収賄の罪では、贈賄は罪がないと思うよ。権限を持っている人間に頼みごとをするのは当然だ。賄賂を受け取るような人間に権限を与えた連中が悪いんだ。ビジネスでコネを使うのは当たり前の行為じゃないか。だって民間の間では増収賄罪はないんだろう。官庁が権限を持っているから、頼みに行くんじゃないか。役人なんて職業は一種の聖職だから一般の人間が尊敬する立場であるべきだ。尊敬する人間に何か世話になったらお礼をするのは人情として当たり前だ。それを敢えて受け取らないから聖職者なんで、聖職者として自覚しているかどうか受け取る側の問題だ。最近では聖職者の代表である医者までが、患者が世話になったからと言ってお礼をすると平気で受け取るらしいじゃないか。あれは贈収賄にならないだろう?それから教会の牧師さんにするお布施はどうなんだ?お布施なんて賄賂の典型じゃないか?それを浄財なんて言って税金まで免除してもらっている。もう完全に狂っているよ、この国は。だからアルが刑務所に入っても市長に指示できるんだ」
ボブも吐き捨てるように言った。
アメリカという国がヨーロッパを追い越したのがこの時期だった。
ヨーロッパの各地で革命が起こり、それまでの立憲君主制度が崩壊していく中、疲弊していく各国を尻目にアメリカが経済力を伸ばしていった。
ヨーロッパから独立するためにできた国アメリカはすぐに鎖国をする。大戦においても、戦争を起こしたのはヨーロッパであり、アメリカはニュートラルな立場を守ってきた。
経済力をつけるためには戦争をしないか、戦争して相手を我が物にするかどちらかだ。
イギリスは後者のやり方で大英帝国を築いた。
アメリカは前者のやり方で世界の帝国をまさに築かんとしていた時期であった。
純粋に経済を伸ばしていこうとするアメリカのやり方の利点は、戦争という最大の浪費をしないですむ。その代わり、経済行為を重視するあまり社会のモラルが低下するという欠点がある。
カポネやボブのような考えを持つ人間が生まれてくるのはアメリカという国では必然であった。
マフィアがヨーロッパで生まれず、アメリカで生まれたのは歴史の成り行きからして当然といえば当然であった。
立憲君主の国家で、民間の犯罪集団など出来ようはずがない。
それは、ちょうどこの頃ロシアのロマノフ王朝が崩壊し、ソヴィエト連邦という共産主義国家ができたが、結局立憲君主国家とはコインの裏表のもので独裁君主が存在することには何ら変わりはない。
愚かな民衆が大衆になり、彼らが主権を持った民主主義国家が、こういった犯罪集団を生んでしまう。
その申し子がカポネだ。
だがそれは、アメリカという国が誕生したときからの宿命であった。
ボブも、そういう意味ではアメリカという国の申し子と言えるだろう。