第十一章  アルの真実の顔

カポネはボブのことを自分の子供のように可愛がった。
何と言っても事業センスが抜群だから、頭の良くない子分連中の何十倍も頼りがいがあったからだ。
だがカポネはボブを暗黒の世界に巻き込むことは絶対にしなかった。また子分たちにもボブと関わることを徹底して禁じていた。
カポネの悪行の中でも一番は、セントバレンタインデーの虐殺だ。
だが、カポネは一般市民に危害を加えるようなことは決してしなかった。
「それなら、ウィルソンよりましだろう!」
ボブはトミーによく言った。
「ウィルソンは自己防衛の名の下に一般国民を巻き込んだ戦争を始めた。そして人種差別を煽った極悪人だ。アルはビジネスでやっているだけだよ。我々だってビジネスで人殺しをやってるじゃないか。ビジネス戦争に敗けて自殺した人間がどれだけいるんだ?」
どこの世界でも、どんな時代でも、人間がいる限り、表に出ていることは殆どでたらめだと思った方が真実に近づくことが出来るようだ。
一般の人間は真実を知りたくないのかと思う程、上っ面だけを信じ込む性癖がある。
この世的成功を収めたいと思うなら、一般の人間と逆のことをすれば必ず出来る。
その為には、一般の人間と逆の思考回路を持っていなければならない。
ボブはエバの血を受け継いだのか、先天的に一般の人間を疑う思考回路を持っていたから、売春宿と酒場の主人であったエバが自分の母親だと知っても、臆せず会いに行ったのだ。
「売春宿を経営している人間は悪人だ!」
これが一般の人間の、思考回路だ。
「人を騙したり、嘘を平気でついたり、約束を守らない人間が悪人なのだ。どんな商売をやっているかは、悪人善人にはまったく関係ない」
これが一般の人間とは逆の思考回路だ。
ジェイコブがジョンとボブに、聖書を読んで聞かせた時も、ボブは良くジェイコブに訊いて困らせた。
「どうしてイエスは売春婦マグダラのマリアの家に行ったの?」
「そのことは聞いてはならない。と言っただろう」
ジェイコブの返事は、ボブにとって、聖書やキリスト教に対する疑問をますます増幅させた。
『キリスト教は、聖書の都合のいいところだけを教え、都合の悪いところは頬かむりしている。聖書が本当に言っていることは、キリスト教で教えていることとは違う』
これがボブの結論だった。
『みんなが言っていることには、必ず嘘がある。絶対にまともに受けてはいけない。だからアルの言っていることの方に真実がある』
ボブがカポネと付き合いを始めたのも、カポネを一般の人間の目で見なかったからだ。
カポネの世間で言われていない面を知ることが出来る。
大統領や政府、FBIの間で言われていない面も知ることが出来る。
イエスがどうしてマグダラのマリアの家に行ったのか、その理由がはっきり分かるのだった。
FBIはアルフォンソ・カポネをお縄にしようとやっきになっていた。
セントバレンタインデーの虐殺事件にしても、カポネが首謀者だと言われているが、FBIが流布しているだけでいい加減なものだ。
証拠があれば、すぐにでも逮捕するはずの警察が逮捕出来ないのは何故か。
警察内部にカポネから賂を貰っている連中がいるらしい。
仮にそれが事実だとしても、何故警察官にまでなった連中が腐りきるのか、その理由は、内部が腐っているからに他ならない。
結局、ウィルソン政権はFBIを使って脱税容疑でしかカポネを起訴することが出来なかったのだ。
脱税と節税は紙一重の違いだ。
みんなが脱税しているとも言えるし、節税しているとも言える。
交通違反と同じで、捕まったのが不運なのか、それとも捕まえる方に何か意図があったのか、それしかない。
脱税容疑で起訴されたカポネは懲役刑を食らった。
「おかしいじゃないか。調べれば、ウィルソンだって脱税しているはずだ。それが何でアルだけ懲役刑なんだ!しかも、サンフランシスコのアルカトラス島とはひどいじゃないか!あそこは凶悪殺人犯の収容されるところだろう」
ボブは憤激した。
アルカトラスに移動される前にボブはカポネに面談に行こうとした。
『ボブの気持ちはありがたいが、ここに来させてはFBIの思う壷だから駄目だ』
カポネのメッセージを、ボブに伝えに来たフランクも変装をしていた。
「ボブ、今すぐにシカゴを離れて、サクラメントに帰るんだ。FBIがボブのことを狙っている。アルフォンソのいないシカゴは危険だよ。誰もFBIや腐敗した政府、警察から守ってくれる者がいなくなる無法地帯だ。一般市民は世の中の実体を判っていないんだ」
フランクはボブを無理やりシカゴから追い出した。
カポネが如何に堅気のボブのことを大事にしていたかが窺がわれる。
カポネがシカゴからアルカトラスに連行されて一週間が過ぎた。
ボブのいるサクラメントに一本の電話が入ってきた。
「ボブか?アルフォンソだ」
「やあ、アルじゃないか。今どこからだい?」
「アルカトラス島からだよ」
カポネは刑務所にいても暗黒の大統領だ。
アルカトラス刑務所でも、刑務所長を買収して、特別の部屋を用意させ、電話も自由にかけられるのだ。
「この電話は盗聴されているから、言葉には気をつけろよ」
「元気かい?サンフランシスコはここから目と鼻のさきだよ。一度面会に行くよ」
「フランクから聞いただろう?お前は堅気で真面目な事業をやっているんだ。俺みたいな前科者と一緒じゃない。分かるな?」
カポネの親身な思いやりだとボブは思うのだった。
「何が、正義だ。この国の正義なんてどこにもない。権力者の言う事、やる事が正義だけじゃないか」
「ボブ。もうそれ以上話すな!お前は真面目な事業家だ。いいな!」
ジェイコブは実の父親だ。それなりの子供に対する愛情もあった。
しかし、どこか偽善・独善的な面が見え隠れしていた。
カポネは偽悪的であるが、真実がはっきりと見える。
ボブは初めて涙を流した。
「ボブ・・・・・・」
電話の向こうでカポネも声が出ない様子だった。