第十章  世界大恐慌

ボブはサクラメントを拠点にして、サクラメントとシカゴとの往復の日々を過ごしていた。
しかし、その頃から世界の経済は魔物に取り憑かれたように失速していった。
ヨーロッパでは大戦に敗れたドイツが恐るべきインフレに見舞われ、国家経済は完全に崩壊状態になっていた。
勝利したイギリス、フランスにしてもアメリカから借金をして戦争をした結果、ドイツに対する債権をアメリカに肩代わりしてもらって息をついていたような状態であった。
アメリカだけが一人勝ちしていたのだ。
『そのアメリカが何かおかしい!』
ボブは直感で分かった。
『何か魔物に取り憑かれている、このままアメリカの経済までがおかしくなったら世界は大混乱になる』
しかし、アメリカ経済は強かった。
一般国民はアメリカ経済の強さを信じて株を買いあさっていたが、その金が市場に回って来ないのをボブは微妙に感じ取っていた。
『今、アメリカ国民はお金より、物を信じている。だから貯蓄しないで何でも買いあさるのだ。だがこんなことは長続きしないで、必ずどこかで破裂する。投資ならお金が市場に回って来るはずだ。これは投機だから誰かが必ずジョーカーを引く、その時破裂する』
ボブはスーマートの店舗を、消費者に気づかれないように縮小していった。
一方、スーマートに押されていたデパートは、一般消費者の買いあさりに乗せられて店舗を拡大していった。
一見、デパートが息を吹き返したようにみんなが思った。
ボブは冷静に世の中の流れを見ていた。
『近いうちに必ず恐慌が来る。恐慌は好景気の後に突然やって来る。何か分からない悪魔の意図が働いたときに崩壊がやって来る』
ちょうどその時、アメリカ政府が禁酒法を発令した。
ヨーロッパから大量に輸入されていた酒類が止まった結果、一番打撃を受けたのはイギリスだった。
スコッチウィスキーの最大の輸入国だったアメリカが酒の輸入禁止をしたのだ。
この禁酒法は、アメリカという国を無法国家にしてしまった。
シカゴを本拠地にシカゴに隣接するカナダから密輸入する連中が現れ、挙句の果てに、シカゴで密造までするようになった。
アル・カポネがその代表だった。
そういった無法地帯の中でボブは大胆不敵な商売を始めた。
ボブは禁酒法を発布したウッドロー・ウィルソンを、実に愚かな大統領だと思った。
『こんな自然に適っていない法律なんて、今までにあっただろうか』
酒の発明は、サル酒といって、猿たちも木の股にたまった雨水に木の実や唾液を落とし、それがいつの間にか美味しい飲み物になることを発見していたというから、人類の歴史よりも古いのかもしれない。
古代から、酒と女は歴史を動かす最大の要因であったことを知らない馬鹿な大統領としか言いようがない。
ボブはこの禁酒法(The Prohibition Law)を逆手に取る商売を考えた。
この法律の馬鹿げた点は、酒の醸造、販売、輸入を禁止しただけで、酒を呑むことは禁止していないことである。
しかもこの法律を推進したのは宗教的理想主義者で、第一次大戦を理由に穀物からつくる酒を禁止すれば穀物の節約になると訴えたのだ。ところがこの法律が発効したのは1919年1月16日で、大戦は前年の1918年に終結していた。
ボブは、堂々と居酒屋をスーマートの中に開店した。
食材を買いに来た客に、酒を無料で提供したのだ。
酒なしではいられないアメリカ人は一杯いるから、彼らはスーマートに無理やりでも買い物に来る。
店内は、大恐慌に突入したというのに、買い物客で溢れていた。
それも当然で、禁酒法が発効してから、酔っ払い運転で警察に捕まった数は以前の5倍、アル中の死亡者数は以前の6倍に跳ね上がった。
まさに悪法中の悪法である。
それを発令したウィルソン大統領はアメリカ歴代大統領中、最悪の大統領と言えるだろう。
しかも、この大統領は史上最も激しい人種差別思想の大統領でもある。
黒人のアメリカ国民1,200万人は、大戦後のパリ会議で日本が提出した人種差別撤廃法案に期待した。しかし議長であったウィルソン大統領が、賛成十七票、反対十一票を、全会一致でなければならないと押し切って不採決をし、黒人の夢を木っ端微塵にした。
「リンカーン大統領の爪の垢でも飲んだらどうなんだ!」
巷間では、こんな酷評をされた大統領が8年もその任に就いていた結果、大恐慌を起こしてしまったのだ。
しかしボブは、この馬鹿な大統領の悪政をうまく利用して、スーマートを巨大マスマーチャンダイズに育て上げていくのである。
当局は、ボブのやっていることが違法ではないから、手をつけることが出来なかった。酒の入手ルートさえ掴めば、ボブを逮捕できるという思惑だったが、どうしても供給ルートが掴めなかった。
それもそのはずで、ボブは当時の暗黒街の大統領アル・カポネから入手していたのだ。
「表舞台の大統領よりも闇の大統領の方が遥かに、アメリカ国民から支持を得ているよ」
ボブは平然と言った。
事実、アル・カポネは大恐慌で食べる物もないシカゴ市民に食材を無料で与え続けていた。
「ウィルソンは一体、何をしてくれたのだ?酒を造るな、売るな、戦争はやる、人種差別を煽る、挙句の果てに大恐慌?何だあいつは?」
街中で市民が声を大にして叫び、カポネを賞賛していたのがアメリカの実態であった。