第一章  双子ジョン・ボブ

ボブは父親のジェイコブが脳卒中で倒れた後、再び、母親エバの住むモントレーの町へ、汽車に乗って行った。
自分の母親が、家を出て場末の酒場の女主人をしていることを聞いて、訪ねたことがあった。
その時のボブの思いは決して失望の淵に追いやられたものではなく、返って、母親に親しみすら感じたのである。
父親は敬虔なクリスチャンで、サリナスの町の人からも尊敬されていた。そして双子の兄のジョンは、父親の教えをよく守り、いつもジョンは良い子で、ボブは悪い子だと決めつけられていた。
自分の性格は、父親の血ではなく、母親の血だと思っていたボブだけに、酒場での、厚化粧の母親の姿を見たとき、
「やはり、自分はこの女の血を受け継いでいる」と確信したが、ショックはなかった。
酒場の前に立ったボブは、1ヶ月前のことを思い出していた。
この酒場に、ジョンを連れてきて、母親の部屋に押し込んで、
「ジョン。この人が僕たちの母親だ!」と叫んでボブは酒場を飛び出した。
父親から、母親は死んだと聞かされていたジョンはショックを受け、酔っ払って、駅で暴れ、そしてそのまま、参戦した母国の軍隊に入隊する汽車に乗ってしまった。
驚いて駅のプラットホームにやって来たジェイコブは、汽車の窓越しに形相の変わったジョンを見て、脳卒中で倒れたのだ。
ジョンの恋人キムが、父親の愛情に飢えていたボブの気持ちを察してやって欲しいとベッドのジェイコブに言い、ジェイコブはやっとボブに胸襟を開いた。
そして1ヶ月、ボブはジェイコブの世話を一人でやることで、ひねくれていた心が素直になり、母親のエバに父親のことを報告する為に、再びモントレーの町にやって来たのだ。
前にこの酒場にやって来たとき、忍び込んでエバの部屋に入ったボブだったが、店の大男に放り出されたことがある。しかし、今度は正面から堂々と店に入って行った。
「エバに会いたいので、部屋に通して欲しい。エバは僕の母親だ」と言うボブに、大男は黙って、奥の部屋に入って行った。そしてすぐに戻ってきてボブに言った。
「こっちへついて来な」
大男のあとをついて部屋の中に入ったボブは、机の前の椅子に座っている母親の顔を見た。以前と同じで怒ったような顔をしていた。
「ジョンはどうしているのかい?」
ジョンのことを気にしている様子の母を見て、ボブは思った。
『こんな母でも、ジョンと同じように傷ついたのだ』
「あれから、家にも帰らず、サリナスの駅から入隊の志願をして、どこかへ行ってしまったよ。その時、お父さんはショックで脳卒中になり、駅のプラットホームで倒れたんだ。それ以来、僕が面倒をみている。最近やっと落ち着いてきたので、あんたに報告に来たのさ」
さすが気丈夫なエバも動揺した様子だった。
「ジェイコブの具合はどうなの?」やっと優しい顔になってボブに訊いた。
「命にかかわるような心配はもうないけれど、半身不随になってベッドから離れることはもう出来ない。だからレタスを商う仕事は、僕がこれから引き継ぐつもりだよ。これから戦争で社会が混乱状態になり、食べ物は大切になってくるから、やりがいのある仕事だと思っているよ」
いきいきとした表情でしゃべるボブにエバは複雑な気持ちになった。
『ジェイコブが倒れるまでは、ジョンが良い子で、ボブはひねくれた子だった。それが、あたしがジョンの前に姿を見せた瞬間(とき)から、この双子の子供が逆になってしまった。まるで、この子たちは、あたしとジェイコブの裏表を両方引き継いでいるらしい』
内心思ったエバはボブから以前聞いた、ジョンの恋人のキムはどうしているかと訊ねた。
「ジョンはあまりにもショックが大き過ぎて、キムにも何の連絡もなしにサリナスを去ってしまった」
エバはその話を聞いて、心の中で叫んだ。
『ジェイコブもそうだった。日頃は人格者ぶっているが、自分の足下に火がつくと、態度が豹変する。あたしは、その偽善ぶりに耐えられなかった。ジョンもキムに同じことをやっている。良い子ぶるのも、子供の偽善だよ』
しかし、まだ子供のボブにそれを言うのは酷だったので、エバはボブに優しく話してやった。
「おまえは、ジョンと双子の兄弟なんだから、キムのこと気にかけてやるんだよ」
「うん、そうするつもりだよ」
素直にしゃべるボブにエバはやっと産みの親の感情が湧いてきたのだった。
「ジェイコブは、ここのことは知ってるのかい?」とエバに訊かれたボブが答えた。
「いや、知らないよ。いつかは言うつもりだけど、今の状態では、とても言えないよ」
『本当は、この子の方がジョンより優しい』とエバは思った。
「それなら、これから時どきやって来てもいいよ」とエバが言うと、ボブは嬉しそうに頷いた。