悪のすすめ
はじめに

人類の祖先であるアダムとイブは、禁断の実を食したために、エデンの園を追放されます。
旧約聖書の創世記の話です。
神が人類の祖先に食するのを禁じた実とは、善悪の判断をする実であり、もしも神の命令を破ったら、エデンの園から追放されるという罰則だった。
エデンの園とは、現実の世界で言えば、自然社会のことです。
自然社会で生きていくためには、善悪の判断をしてはいけないというのが、神の考えだったわけです。
現在に至っても、自然社会では善悪の判断は一切されません。
ライオンがシマウマの子供を噛み殺して、腸をえぐり食っても、罪の意識など微塵も持っていないのは、まさに、善悪の判断をしていない証明でしょう。
人間なら無慈悲な行為として、みんなから非難轟々されます。
まさに、自然社会は善悪の判断を一切しない社会であるのに対して、人間社会は何事も善悪の判断を先ずするわけで、人間はそんな自然社会の生きものを獣、畜生と蔑み、善悪の判断をする自分たち人間を万物の霊長と称える。
そうしますと、善悪の判断をする実を食することをアダムとイブに禁じた神の意図とは一体何だったのでしょうか。
神から褒められても、罰を受けるのは、理に適っていないと思うのは、人情ではないでしょうか。
それなら、そんな神を見下しておればいいわけですが、どうやら、神の意図の方が正しかったようです。
なぜならば、人間が求めて止まない戦争のない平和な社会は一向に実現する気配がないし、人間社会のいたる処で、人種差別や、不条理なことが日常茶飯事のように起きているのに、自然社会では戦争も差別も一切ないことが、神の考えが正しかった証左でしょう。
やはり、“こっちが善くて、あっちが悪い”という善悪の判断をすることが間違っていたのです。
言い換えれば、善をすすめて、悪をすすめないことが間違っていたのです。
さすれば、『悪のすすめ』も考慮しなければなりません。


平成22年4月11日   新 田  論


第一章 「善のすすめ」の男性社会
第二章 「善のすすめ」=偽善
第三章 偽善者=嘘つき
第四章 嘘つき=偽善者=悪人 & 正直者=偽悪者=善人
第五章 自覚のない二重の分裂症
第六章 偽善が元凶
第七章 悪=偽善 & 善=偽悪
第八章 叱られたら感謝 & 誉められたら疑う
第九章 進化の真の貢献者
第十章 逆さま社会 & 順さま社会
第十一章 悪一元自然社会 & 善悪二元人間社会
第十二章 超善悪三元社会
第十三章 呆れる馬鹿りの阿呆人間
第十四章 賢い自然社会 & 阿呆な人間社会
第十五章 賢い=偽悪=真の善 & 阿呆=偽善=真の悪
第十六章 宇宙の法則 & 人間の法則
第十七章 真の善 & 真の悪
第十八章 好いとこ取りの姑息な人間社会
第十九章 「悪のすすめ」=好いこと
第二十章 真の悪の世界


おわりに

(はじめに)で述べましたように、
人間が求めて止まない戦争のない平和な社会は一向に実現する気配がないし、人間社会のいたる処で、人種差別や、不条理なことが日常茶飯事のように起きているのに、自然社会では戦争も差別も一切ないことが、神の考えが正しかった証左でしょう。
やはり、“こっちが善くて、あっちが悪い”という善悪の判断をすることが間違っていたのです。
言い換えれば、善をすすめて、悪をすすめないことが間違っていたのです。
さすれば、『悪のすすめ』も考慮しなければなりません。
まさに、
善と悪の真の意味は、善=悪にあったのです。
そして、
善=悪を超えた処に、真の善=真の悪があったのです。
更に、
真の悪が実在するもので、真の善はしょせん真の悪の不在概念に過ぎなかったのです。
だから、
『悪のすすめ』を述べなければならなかったのです。


平成22年5月1日   新 田  論