第九章 肉体の死=五感(外観)の消滅

死とは、自己の意識(魂)の死であって、自己の肉体(物質)の死ではない。
では、
意識は、どのようにして誕生したのでしょうか?
そこで、
意識とは、魂、心、霊、考え、気持ち、想い、とも表現でき、これらは同じものですから、意識=魂=心=霊=気持ち=想いを代表して、これからは『想い』と表現することにします。
では、
『想い』の最大の特性は一体何でしょうか?
心はころころ移ろうから『こころ(心)』と言われているし、
考えは次から次へと動きまわるから『連想』とも言われているように、
『想い』の最大の特性は、動く(運動する)ことにあります。
逆説的に言えば、
動かない『想い』など存在し得ません。
従って、
『想い』は肉体が運動することによって顕れるわけです。
逆に言えば、
『想い』は肉体が静止することによって消えるわけです。
まさに、
生きているとは、肉体が動いていることであり、
死ぬとは、肉体の動きが止まることに他ならないのです。
では、
動いたり、動きが止まったりする肉体とは一体何でしょうか?
そこで、
私たちの肉体とは、どのような構造になっているでしょうか?
私たちの肉体は、内臓(五臓六腑)と五感(外皮)でできています。
五感(外皮)とは外界との境界線に他ならず、まさに、私たちの肉体の外観(形)に他なりません。
つまり、
内臓(五臓六腑)を包んでいる五感(外皮)という外観(形)こそが、『想い』の源泉なのです。
従って、
内臓(五臓六腑)を包んでいる五感(外皮)という外観(形)の動きが止まると同時に、外観(形)は崩れはじめ、『想い』も消滅するのです。
言うまでもなく、
内臓(五臓六腑)を包んでいる五感(外皮)という外観(形)が崩れても、肉体を構成している物質の質及び量は何ら変わりありません。
平たくたとえれば、
摂氏0度から100度の間の水が摂氏100度以上になって水蒸気に変わって(相転移現象を起こして)一見消えたように見えても、H2Oという分子化合物には変わりないのです。
ただ、
水という外観(形)の意識としての『想い』は消えて、
水蒸気という外観(形)の『想い』に変わるわけです。
まさに、
宇宙はエネルギー不変の法則の世界である所以です。
言い換えれば、
宇宙は不増不減の世界である所以です。
そうしますと、
死ぬとは、肉体の動きが止まることであり、肉体の動きが止まることによって、内臓(五臓六腑)を包んでいる五感(外皮)という外観(形)が崩れ、『想い』が消滅する。
まさに、
死とは、自己の意識(魂)の死であって、自己の肉体(物質)の死ではない所以がここにあるわけです。