第六章 “必ずいつか死ぬ”という知り方の謎

他の生きものや人間の子供は、死ぬということを知りません。
唯一私たち人間の大人だけが、“必ずいつか死ぬ”という中途半端な知り方をしているわけですが、それとて、映画(映像)の中で起こる幻想(映像)上の死であり、現実の死ではありません。
結局のところ、
生きとし生けるものはすべて、本当の死を知らないのです。
それなら、
私たち大人の人間も、他の生きものや人間の子供のように、死ぬということを知らない方がいっそましです。
なぜなら、
他の生きものや人間の子供には、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖がないのは、死ぬということを知らないからです。
言い換えれば、
生と死を対立させる間違った二元論の発想がないからです。
平たく言えば、
私たち大人の人間が持っている、
“生が好くて、死が悪い”
という考え方を持っていないからです。
その結果、
私たち大人の人間が持っている、
“幸福が好くて、不幸が悪い”
“金持ちが好くて、貧乏が悪い”
“賢いことが好くて、愚かなことが悪い”
“強いことが好くて、弱いことが悪い”
“健康が好くて、病気が悪い”
という考え方も持たないから、悩みや四苦八苦がもたげようがないのです。
挙句の果てに、
私たち大人の人間が持っている、
“天国が好くて、地獄が悪い”
“神が好くて、悪魔が悪い”
という考え方も持たないから、死の恐怖ももたげようがないのです。
結果、
私たち大人の人間が抱えている、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の人生を送る羽目にも陥らないのです。
それなのに、
私たち大人の人間だけが、“必ずいつか死ぬ”というような中途半端な知り方を、なぜしてしまったのでしょうか?
この謎の鍵は、このような中途半端な知り方が、本能知ではなく、後天知(人工知)という点にありそうです。