第五十章 間違いだらけの人間

“生が好くて、死が悪い”
私たち人間の大人が、
そして現代人間社会では、
私たち人間の子供までもが、
信じて疑わない事実です。
だから、
私たち人間は、
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる人生を送る羽目に陥っているのです。
まさに、
現代日本社会では、小学生までが自殺をする始末で、もう既に、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる人生を送っている証明です。
だから、
世襲・相続の差別制度がますます横行する社会になっているのです。
まさに、
世襲の典型である歌舞伎界が、世襲制度の問題点を露呈しているのです。
だから、
差別・不条理・戦争がますます横行する社会になっているのです。
まさに、
テロこそが現代の戦争の一形態であって、テロは日常茶飯事です。
ではなぜ、
“生が好くて、死が悪い”
という考え方が、人間社会をここまでの混沌状態にするのでしょうか?
“生が好くて、死が悪い”
という考え方が当たり前になりますと、
“強い者が好くて、弱い者が悪い”
“賢い者が好くて、阿呆が悪い”
“金持ちが好くて、貧乏が悪い”
という考え方が当たり前になっていきます。
そして、
“強い者が好くて、弱い者が悪い”
“賢い者が好くて、阿呆が悪い”
“金持ちが好くて、貧乏が悪い”
という考え方が当たり前になりますと、
“オス(男性)が好くて、メス(女性)が悪い”
という考え方が当たり前になります。
なぜなら、
オス(男性)の方がメス(女性)よりも腕力的に強いからです。
だから、
人間社会だけに今でも暴力団(マフィア)がはびこっているのです。
結局の処、
人間社会は今でも暴力に一番弱い社会なのです。
そして、
“オス(男性)が好くて、メス(女性)が悪い”
という考え方が当たり前になりますと、
“神が好くて、悪魔が悪い”
“天国が好くて、地獄が悪い”
という考え方が当たり前になります。
なぜなら、
“支配する者が好くて、支配される者が悪い”
という考え方が当たり前になるからです。
なぜなら、
“支配する者が好くて、支配される者が悪い”
という考え方が当たり前の社会では、
支配を堅固にするための方便として宗教が発生するからです。
そして、
“神が好くて、悪魔が悪い”
“天国が好くて、地獄が悪い”
という考え方が当たり前になりますと、
“善が好くて、悪が悪い”
という考え方が当たり前になります。
まさに、
エデンの園の善悪の判断をする実を食べたのは、アダムとイブではなく、私たちひとり一人の人間が、生まれて大人に成長していく過程で為されていくのです。
その結果、
私たち人間社会だけがオス(男性社会)になってしまったのです。
老子の言葉を思い出しましょう。
“人が生まれたときは、柔らかくて弱弱しい
 死に際して、硬くなってゆく
 植物でも生きている間は、しなやかで柔らかい
 死に際して、脆く乾燥する
 従って、
 硬さ(硬直)は死にはつきものであり
 しなやかな柔かさは生につきものである”
更に意義深い言葉が続きます。
“大胆不敵な軍隊は必ず負ける
 強い木は必ず切り落とされる
 従って、
 硬くて強い根は木の地底に置かれ
 柔らかくて弱弱しい葉や花は木の頂点に置かれる”

まさに、
柔らかくて弱弱しい美しい者はメス(女性)であり、子供であるのです。
ところが、
強くて権力のある者が頂点に立ち、弱くて貧乏な者が底辺に置かれる、私たち人間社会はまさに、自然(地球)と逆さま社会なのです。
まさに、
女性社会、子供社会こそが、二十一世紀の人間社会の中心にならなければなりません。