第五章 映像上の死

何年何月何日何時何分何秒・・・に死ぬという死は、随所に在る死であって、突然襲ってくることは絶対ない。
なぜなら、
何年何月何日何時何分何秒・・・に死ぬという死とは、『今、ここ』の出来事だからです。
これは一体どういう意味でしょうか?
死ぬ時期がわかっている死とは、随所にある死、つまり、『今、ここ』に起きる、実在する本当の死ということに他ならないのです。
逆説的に言えば、
死ぬ時期がわかっていない死とは、随所にない死、つまり、『今、ここ』に起きない、未だ来ぬ未来に馳せた想い上の死に過ぎないのです。
そうすると、
私たち人間が知っている中途半端な死、つまり、“必ずいつか死ぬ”の正体は、未だ来ぬ未来に馳せた想い上の死、つまり、実在しない幻想(映像)上の死に他ならないのです。
そこで、
映画(映像)の中で仮にあなたが死んだとしても、その映画を後で鑑賞しているあなたは自分が死んだとは決して思いません。
つまり、
映画(映像)の中で起こる死は、現実の死ではありません。
従って、
死ぬ時期がわかっていない死、つまり、私たち人間が“必ずいつか死ぬ”と思い込んでいる死とは、映画(映像)の中で起こる死であり、現実の死ではありません。
ところが、
私たち人間は、そんな幻想(映像)の死を怖れているのです。