第四十八章 『今、ここ』を生きているのは自分独り

私たち人間は、『今、ここ』を生きているのは自分独りだけであることを自覚するために、死を知ったのです。
ところが、
私たち人間は、自分が存在している世界と、他者が存在している世界とを同じ世界だと錯覚しています。
ところが、
他者が存在している世界は、『今、ここ』ではなく、過去・(最も近い過去としての現在OR最も近い未来としての現在)・未来に他ならないのです。
なぜなら、
1光年先の星は、1年前という過去の星の映像です。
8光分先の太陽は、8分前という過去の太陽の映像です。
2光秒先の月は、2秒前という過去の月の映像です。
3m先の他人は、1億分の1秒前という過去の他人の映像です。
つまり、
他者が存在している世界とはすべて過去の映像の世界に他ならないのです。
つまり、
他者など存在(実在)しておらず、映像として映っているだけに過ぎないのです。
一方、
自分が存在している世界は、『今、ここ』をおいてあり得ません。
なぜなら、
自分が往き来するところには、常に自分がいるからです。
一方、
どんな身内の親しい人間でも、自分が往き来するところに常にいることはあり得ません。
まさに、
『今、ここ』を生きているのは自分独りだけなのです。
そして、
『今、ここ』は必ず未だ来ぬ未来の最期である死という最後の一枚の静止画フィルムへと繋がっていることを知るのです。
つまり、
独り=死と繋がっているのです。