第四章 怖れる死 & 怖れないで済む死

私たち人間が知っている死とは中途半端な知り方でしかなかった。
つまり、
“必ずいつか死ぬ”という道理に合わない知り方であったわけです。
“必ず”とは確定表現です。
“いつか”とは不確定表現です。
一方、
本当の死を知るとは、必ず何年何月何日何時何分何秒・・・に死ぬのを知ることに他ならないわけです。
ところが、
必ず何年何月何日何時何分何秒・・・に死ぬとは、『今、ここ』の出来事だから、知ることは不可能なのです。
なぜなら、
知る前に死んでしまうから、知る術がないわけです。
まさに、
知るとは、未だ来ぬ未来に想いを馳せることに他ならない。
更には、
何年何月何日何時何分何秒・・・とは、『今、ここ』に他ならない。
これは一体何を意味しているでしょうか?
つまり、
何年何月何日何時何分何秒とは「現在」のことです。
一方、
何年何月何日何時何分何秒・・・とは『今、ここ』のことです。
つまり、
何年何月何日何時何分何秒という「現在」とは、過去とも未来とも繋がっている有限な時間、つまり、水平時間であるのに対して、
何年何月何日何時何分何秒・・・という『今、ここ』とは、過去・現在・未来とは繋がっていない無限な時間、つまり、垂直時間であるのです。
現代風に言い換えれば、
過去・現在・未来という有限な水平時間とは、アナログ的であるのに対して、
『今、ここ』という無限な垂直時間とは、デジタル的であるわけです。
ちょっと難しいかも知れませんが、ここのところが極めて重要な点ですので、よく理解してください。
“必ずいつか死ぬ”という、私たち人間が知っている中途半端な死の知り方だから、死は突然襲ってくることになるのです。
なぜなら、
“必ずいつか死ぬ”という死とは、未だ来ぬ未来の未知の出来事だからです。
だから、
死を怖れるのです。
一方、
何年何月何日何時何分何秒・・・に死ぬという死は、随所に在る死であって、突然襲ってくることは絶対ありません。
なぜなら、
何年何月何日何時何分何秒・・・に死ぬという死とは、『今、ここ』の出来事だからです。
そうすると、
死を怖れなくても済むのです。