第三十六章 全体感 & 部分観

独りで生まれ、独りで死に、そして、誕生と死の間に横たわる生も、独りで生きると自覚している人間は、“如何に死ぬか”という問題と正対して生きてゆくことができる。
まさに、
『今、ここ』を生きているのは、自分独りだけであることを自覚することに他ならない。
一方、
独りで生まれ、独りで死ぬが、誕生と死の間に横たわる生においては、独りで生けてゆけないと錯覚している人間は、“如何に生きるか”に汲々とした生き方をする。
まさに、
過去・現在・未来に想いを馳せて生きるのは、自分と他者が同じ世界を生きていると錯覚することに他ならない。
まさに、
自他の区分け意識の問題に他ならない。
言い換えれば、
全体感と部分観との関係を如何に捉えるかの問題に尽きます。
つまり、
独りで生まれ、独りで死に、そして、誕生と死の間に横たわる生も、独りで生きると自覚し、“如何に死ぬか”という問題と正対して生きてゆくことができ、『今、ここ』を生きているのは自分独りだけであることを自覚する人間は、全体感で生きているのです。
一方、
独りで生まれ、独りで死ぬが、誕生と死の間に横たわる生においては、独りで生けてゆけないと錯覚し、“如何に生きるか”に汲々とした生き方をし、過去・現在・未来に想いを馳せて生き、自分と他者が同じ世界を生きていると錯覚する人間は、部分観で生きているのです。