第三十三章 死の意味するもの

独りで生まれ、独りで死に、そして、誕生と死の間に横たわる生も、独りで生きる、
と言うのが真理だった。
現に、
実在するものとは、『今、ここ』に常に在るものに他なりません。
そして、
『今、ここ』に常に在るものとは、自分独りしかない。
すなわち、
家族や友人といえども、『今、ここ』に自分と共に常に在るものでは決してありません。
まさに、
生まれたときも独り、死んでゆくのも独り、そして、誕生と死の間に横たわる生きてゆくのも独り、
と言うのが真理なのです。
まさに、
『今、ここ』に常に在る自分だけが実在するものです。
一方、
自分のまわりで登場したり、消えていったりするものは、たとえそれが、家族であったり、友人であったとしても、しょせん、映像に過ぎないのです。
なぜなら、
登場したり、消えていったりするものの正体は過去の映像に他ならないからです。
一方、
常に在る自分だけは、『今、ここ』にある実在だからです。
そうしますと、
生と死の意味がもう少しわかりかけてくるはずです。
つまり、
生(生きる)とは、
映画館で映画を鑑賞していることに他ならないのです。
そして、
死(死ぬ)とは、
映画館で上映されて(登場して)いる映画が終わって(消えて)、鑑賞者である自分が家路に着くことに他ならないのです。
そして、
その家とは、地球(自然)に他なりません。