第二十二章 “如何に生きるか” & “如何に死ぬか”

“如何に生きるか”という問題は、“如何に死ぬか”という問題と表裏一体の関係にある。
逆に言えば、
“如何に死ぬか”という問題は、“如何に生きるか”という問題と表裏一体の関係であるとも言える。
つまり、
“如何に死ぬか”を外して“如何に生きるか”は考えられない。
また、
“如何に生きるか”を外して“如何に死ぬか”は考えられない。
そこで、
私たち人間の大人だけが、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれる人生を送っています。
では、
悩みとは一体何者でしょうか?
また、
四苦八苦とは一体何者でしょうか?
言うまでもなく、
死の恐怖とは、“如何に死ぬか”の答えが得られない結果の所産です。
次に、
四苦八苦とは、生老病死、つまり、生きる苦、老いる苦、病気になる苦、そして、死ぬ苦と、愛別離苦、つまり、愛する人と別れる苦、怨憎会苦、つまり、嫌な人と会う苦、求不得苦、つまり、求めても得られない苦、そして、五陰盛苦、つまり、五感による自他の区分け意識から起こる苦のことに他ならないのですが、まさに、“如何に生きるか”と“如何に死ぬか”の狭間で苦しむことです。
次に、
悩みとは、取り返すことのできない過ぎ去った過去を悔やむ持ち越し苦労と、引き寄せることのできない未だ来ぬ未来を悩む取り越し苦労に他ならないわけで、まさに、“如何に生きるか”の問題なのです。
結局のところ、
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖とは、
“如何に生きるか”という問題は、“如何に死ぬか”という問題と表裏一体の関係にあることを理解していない結果生まれるものなのです。
逆に言えば、
“如何に死ぬか”という問題は、“如何に生きるか”という問題と表裏一体の関係であることを理解していない結果生まれるものなのです。
つまり、
“如何に死ぬか”を外して“如何に生きるか”は考えられないことを理解していない結果生まれるものなのです。
また、
“如何に生きるか”を外して“如何に死ぬか”は考えられないことを理解していない結果生まれるものなのです。