第二十章 死を超える

無知(一元論の世界)→知性(二元論の世界)→理解(三元論の世界)
とは、
始点→円周→終点という円回帰運動に他ならない。
まさに、
私たち人間がなぜ死を知ったのか?
に対する解答は、
死を知ることは、必要悪に他ならなかったのです。
つまり、
無知(一元論)の世界では、死を知らない。
そして、
知性(二元論)の世界では、死を知る。
更には、
理解(三元論)の世界では、死を超える。
まさに、
私たち人間の大人は、死を超えるために、死を知ったわけです。
一方、
他の生きものや、人間の子供は、死を知らない故に、死を超えることはできません。
まさに、
無知(一元論=始点)の世界では、死を知らない故に、死を超えることはできません。
一方、
理解(三元論=終点)の世界では、死を知った故に、死を超えることができるのです。
つまり、
死を知らないこと(始点)と、死を超えること(終点)とは、一見同じように見えますが、まったく違うものなのです。
では、
なぜ私たちは死を知ったのか?
言い換えれば、
なぜ私たちは死を超えなければならないのか?
この作品のテーマが少しだけですが、絞られてきたようです。