第十五章 自然社会と人間社会の決定的な違い

私たち人間も、他の生きものと同じ生きものであることを理解しなければならない。
なぜ私たちは死を知ったのか?
つまり、
死の理解をする第一要件に他なりません。
次に、
第二に理解しなければならないことは、
他の生きものや人間の子供と、私たち人間の大人との決定的な違いを理解することです。
第六章で申しましたように、
他の生きものや人間の子供には、
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖がない。
一方、
私たち人間の大人だけに、
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖がある。
なぜなら、
他の生きものや人間の子供は、
“幸福が好くて、不幸が悪い”
“金持ちが好くて、貧乏が悪い”
“賢いことが好くて、愚かなことが悪い”
“強いことが好くて、弱いことが悪い”
“健康が好くて、病気が悪い”
“天国が好くて、地獄が悪い”
“神が好くて、悪魔が悪い”
そして、
“生が好くて、死が悪い”
という考え方を持っていないからです。
言い換えれば、
他の生きものや人間の子供は、一元論の世界を生きているのです。
一方、
人間の大人だけが、
“幸福が好くて、不幸が悪い”
“金持ちが好くて、貧乏が悪い”
“賢いことが好くて、愚かなことが悪い”
“強いことが好くて、弱いことが悪い”
“健康が好くて、病気が悪い”
“天国が好くて、地獄が悪い”
“神が好くて、悪魔が悪い”
そして、
“生が好くて、死が悪い”
という考え方を持っているからです。
言い換えれば、
人間の大人だけが、二元論の世界を生きているのです。
つまり、
他の生きものや人間の子供のように、死を知らない世界を一元論の世界と言います。
つまり、
生も死もない世界です。
一方、
私たち人間の大人だけが、死を知った。
つまり、
生と死の二元論の世界です。
従って、
他の生きものや人間の子供と、私たち人間の大人との決定的な違いを理解しなければならない第二の要件とは、
エデンの園、つまり、自然社会は一元論の世界であるのに対して、人間社会は二元論の世界であることを理解することに他なりません。