第十四章 生きものの本質は死を知らない(2)

私たち人間も、他の生きものと同じ生きものであることを理解しなければならない。
そして、
他の生きものや人間の子供のように、死ぬということを知らないことが生きものの本質である。
ところが、
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の原典である旧約聖書が云う神は、私たち人間の祖先であるアダムとイブに、善悪の判断をする知性の実を食べることを禁じたわけです。
ところが、
私たち人間の祖先であるアダムとイブは神に背いて、善悪の判断をする知性の実を食べ、エデンの園、つまり、自然社会を追放されたわけです。
以来、
私たち人間社会は、エデンの園、つまり、自然社会から逸脱した社会であるわけです。
まさに、
知性を得た人間こそが、万物の霊長だと嘯く逆所以がここにあります。
ところが、
人間の子供は、死を知らない。
つまり、
人間の子供は、他の生きものと同じように、エデンの園、つまり、自然社会に住んでいるわけです。
そうしますと、
私たち人間すべてが、アダムとイブ以来、エデンの園、つまり、自然社会から逸脱した社会に住んできたのではなく、私たちひとり一人の人間が大人になっていく過程で、エデンの園、つまり、自然社会を自ら出ていったことになります。
まさに、
私たち人間も含めて、すべての生きものの本質は、知性など要らない、つまり、死を知らないことにありそうです。
では、
なぜ私たちは死を知ったのか?
まさに、
この作品のテーマに入っていくわけです。