第十三章 生きものの本質は死を知らない(1)

“必ずいつか死ぬ”という中途半端な知り方が元凶になっていることがわかってきました。
それなら、
私たち大人の人間も、他の生きものや人間の子供のように、死ぬということを知らない方がいっそましです。
そこで、
人間の子供は、他の生きものと同じ全体感で生きているのに、なぜ、私たち人間の大人だけが、全体感を忘却した部分観で生きることになったのでしょうか?
第一に、
私たち人間も、他の生きものと同じ生きものであることを理解しなければなりません。
“そんなことは誰でも理解している当たり前のことだ!”
と云われるかもしれませんが、実は、殆どの方々が、人間だけが特別な生きものであると思っているのです。
言い換えれば、
私たち人間の殆どは、自分たちは地球の一部(部品)だと思っておらず、地球の上に住んでいるだけだと思い込んでいるのです。
科学者などはその典型で、だから、宇宙開発などという蛮行を平気でするし、宗教者などもその典型で、だから、自分は釈迦の生まれ替わりなどと平気でうそぶき、挙句の果てに、人間は他の星からやって来たなどと稚拙なことを厚顔無知にも言うわけです。
現に、
私たち人間も死んだら、肉体を構成している物質はすべて大地(地球)に戻っているわけで、自分たちも地球の一部(部品)である動かぬ証拠があるではないでしょうか。
従って、
第一に、
私たち人間も、他の生きものと同じ生きものであることを理解しなければなりません。
従って、
他の生きものや人間の子供のように、死ぬということを知らないことが生きものの本質であるのです。
では、
なぜ私たちは死を知ったのか?
まさに、
この作品のテーマに入っていくわけです。