第十二章 中途半端な知性が元凶

私たち人間が知っている“必ずいつか死ぬ”という死は、本当の死ではなかった。
従って、
私たち人間も実は死を知らないことになる。
つまり、
未だ来ぬ未来に想いを馳せて生きているから、“必ずいつか死ぬ”という中途半端な知り方をしてしまうのです。
逆に言えば、
“必ずいつか死ぬ”という中途半端な知り方をするから、未だ来ぬ未来に想いを馳せて生きてしまうことになるのです。
そして、
未だ来ぬ未来に想いを馳せる結果、
“自分は・・・”という自分(self)という自我意識が生まれ、自他一体感(全体感)を忘れて、自他の区別をし、自分だけがという部分観で生きてしまうのです。
まさに、
海に浮かぶ氷山は、陸地と孤絶しているから、ゆらゆら揺らぐように、全体と孤絶する部分観は、土台(基盤)が無いから、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖で揺らぐのです。
一方、
未だ来ぬ未来に想いを馳せずに、『今、ここ』を生きていれば、全体感で生きることができます。
まさに、
一見、海に浮かぶ島は、陸地と繋がっていて土台(基盤)がしっかりしているから、ゆらゆら揺らぐことが無い結果、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖など無縁の人生を送ることができるのです。
従って、
“必ずいつか死ぬ”という中途半端な知り方が元凶になっているのです。
それなら、
私たち大人の人間も、他の生きものや人間の子供のように、死ぬということを知らない方がいっそましです。